137話
「最低……だな。自分の言う事をきいてくれて金持ってるとか、下衆な女としか言いようがねぇな。その上、雄太の夢を理解をしようともせずに……。別れて正解だったな」
思いっきり顔をしかめた鈴掛に言われ、雄太は少し俯いた。
「俺、春香を好きだって思い始めた頃、また同じような事になるかもって何度も思ったんですよね……。でも、春香はそんな気持ちをどんどん消して行ってくれて。春香は、あいつとは違うんだって心の底から思ったんですよね」
春香と会う度に惹かれて行った事を思い出すと温かい気持ちになる。
「何度もフラれたけど、春香はどんな時も俺の事を一番に考えてくれてて……。月曜のデートを思い出にして、アメリカに行こうとしてたんですよね」
「「「ア……アメリカっ⁉」」」
三人の驚いた声がハモる。雄太は頷いて話を続けた。
「このまま日本に居たら、いつか自分の気持ちが押さえられなくなる。それで付き合ったとしても、親が迷惑かけるのが分かってるから、アメリカの球団の専属になって永住するつもりだったって」
「市村さんの雄太を好きな気持ちって、アメリカにまで行かなきゃ駄目なぐらいに強かったんだな……。じゃあ、あの花束の意味って市村さんの気持ちのまんまだったんだ?」
純也は、あの日見た大きな花束を思い出して言った。
「ああ。春香は、俺は花言葉なんて知らないだろうし、名前を書かなかったら分からないだろうって思ったって言ってた。実際、梅野さんが教えてくれなかったら、ただの花束って思ってたし、鈴掛さんが言ってくれなかったら、メッセージカードも見ずに母さんに渡してただろうし。梅野さんにも、鈴掛さんにも感謝してます」
雄太は、鈴掛と梅野に頭を下げる。二人の頼りになる先輩が居なかったら、春香を一人でアメリカに旅立たせていたかも知れないと思ったからだ。
「プロポーズする時、花を贈りたいなら相談しろよぉ〜?」
梅野がニヤリと笑うと、雄太は恥ずかしそうに笑った。
「お前……その笑いは……。まさかプロポーズしたのか?」
「してないですっ‼ 直樹先生には、付き合う事を許してもらいましたけど」
鈴掛が真剣な顔で訊ねると、雄太は焦って首を横に振りながら答えた。
「お前……直樹先生に言ったのか?」
鈴掛が目を丸くする。コッソリ付き合わなければならない理由はないだろうが、まだ十八の雄太が、交際相手の父親に許可をもらおうとすると思ってなかったからだ。
「春香を送って行った時、直樹先生が通用口から出て来て俺をジッと見るから、ちゃんと言わなきゃって思ったんですよね」
「娘さんをください?」
雄太が真面目に言ったのに、純也がヘッポコな事を言う。
「純也ぁ〜。それ、結婚のお許しもらう時だぞぉ〜」
「純也……。お前ってヤツは……」
梅野がゲラゲラと笑い、鈴掛が呆れて肩を落とす。
(春香と結婚……。一緒に花見をした時、料理するのが好きって言ってたよな。実際、あの弁当はマジ美味かったし、あれを毎日食べられたら幸せだよな。俺の仕事も理解しようとしてくれてるし、俺の夢のサポートがしたいって言ってくれた……。春香と結婚……。朝起きた時に隣にいてくれて、夜寝る時に隣にいてくれたら……)
想像をしたら、一気に顔に血が登る。
「雄太? 熱でもあんのか? 顔が真っ赤だぞ?」
純也の声に鈴掛も梅野も雄太の顔を見る。鈴掛が慌てて雄太の額に手を当てた。
「違いますっ‼ 熱なんてないですよ」
「あ、分かったぁ〜。お前、市村さんとのキスを思い出してエッチな想像したんだろぉ〜」
慌てて言う雄太に、梅野がニヤニヤと笑いながら言う。鈴掛が額に当てていた手を離し、雄太の肩をガシッと掴んだ。
「そうなのか? 雄太」
「誤解ですっ‼ 春香と結婚出来たら良いなって思っただけですっ‼」
雄太の顔が引きつる。
(父親モードの鈴掛さん、マジこぇーっ‼)




