第6章 積み上げる実績と幸せの日々 136話
10月16日(金曜日)
雄太、純也、鈴掛、梅野は京都競馬場の調整ルームに居た。いつも通り雄太の個室に。
(何で、いつもいつも俺の部屋に集まるんだよぉ……)
本来なら個室なのに、初騎乗の時から
「俺、雄太の部屋で一緒に寝る。その方が、いつもみたいで緊張しないって思うし」
と、自分に割り当てられた部屋から布団を持ち込んでいる純也。
「お前ら楽しそうなんだもん〜。俺もまぜろよぉ〜」
「まるで修学旅行だな」
梅野も当たり前のように入浸り、呆れながらも鈴掛も居ると言ういつものパターン。
「でさぁ〜。ゆ・う・た・くぅ〜ん」
(来たぁ〜っ‼)
梅野はいつもの笑みを浮かべながら雄太に近寄って行く。雄太はジワジワと壁際に追い詰められた。
「市村さんの唇はどうだったんだよぉ〜」
火曜日から、なるべくいつものメンバー以外の人達や調教師や厩務員の人達と居るようにして、春香の話題を振られないようにしていた。
(梅野さんは、間違いなく、絶対にからかって来るっ‼)
確信を持っていたから逃げ回ってたが、今週も同じ京都競馬場で走る事になっており、調整ルームに入ったら逃げるに逃げられなかった。
「あ、俺も聞きたい」
「ちょっ⁉ ソルっ⁉」
純也も興味津々で雄太の前に座った。
「市村さんはファーストキスだったんだろ? やっぱ、雄太からしたのかよ?」
「ん? って事は、雄太は経験済みだったのか」
純也のセリフを聞いて、鈴掛がチラリと雄太を見た。
「けっ‼ 経験済みとか言わないでくださいっ‼」
鈴掛がサラッと言うと雄太は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ヤダぁ〜。もうぉ〜。雄太くんたら、マ・セ・ガ・キ」
梅野が、口元に手を当てて、横座りしながら言う。
「梅野さん、キモいっす」
「おい。気持ち悪いぞ」
純也と鈴掛に言われた梅野がゲラゲラと笑い転げる。雄太は唖然として固まった。
「雄太。お前、まさかとは思うが無理矢理キスしたんじゃないだろうな?」
父親モードになった鈴掛が訊く。
「むっ‼ 無理矢理なんてしてませんっ‼ ちゃんと付き合ってって言って、オッケーもらってからしましたっ‼」
雄太が叫ぶと純也と梅野がニヤニヤと笑いながら頷く。
「あ……」
「言うもんかぁ〜って気合いは凄かったけど、結局言うんだよなぁ〜」
梅野は楽しそうに雄太の太ももをつつく。
「梅野さんは知ってたのに何で訊くんですかぁ……」
雄太がガックリと肩を落とすと
「え? 面白いからぁ〜」
と、梅野は真顔でキッパリと答えた。
その言葉に雄太は顔を引きつらせ、純也はゲラゲラと笑い転げた。
「てか、純也は何で雄太がファーストキスじゃないって知ってんだ?」
「雄太の元カノ、学校で雄太とキスしたって言いまくってたんすよ。で、雄太は生活指導室行きになったんす」
「ウゲェ……。最近の中学の女ってこえぇな」
純也の答えに、鈴掛は顔をしかめて横を向いた。
「確かに顔は可愛い方だったっすけど、自己中の我儘女って感じで、俺は嫌いだったっすね」
純也は、思い出したくもないと言った感じで答えた。
「何で、そんな女と付き合ったんだよ?」
「今思うと何でだったんですかね……。押し切られたって言うか……。別れた後『雄太は優しくて自分の言う事をなんでもきいてくれそうだったし、家が金持ちでお小遣いたくさんもらってそうだったからって言ってたよ』って、同級生の友人の彼女から聞きました……」
雄太は、今まで誰にも言わなかった話をすると、三人の顔が強張った。
何年もの間、雄太の心の奥底でチクチクと痛みを与え続けていた棘。
春香と出会い、好きになって癒やされ消えて行った棘。
(この話、ソルにも言えてなかったんだよな……。春香が傍に居てくれるって思ったから話せたんだよな……。あいつの事、本当の意味で過去に出来たんだ。春香……ありがとう……)




