134話
「俺の……夢をサポート……?」
雄太は腕を緩めて春香の顔を覗き込んだ。
「うん。私、雄太くんが全国各地だけじゃなく、世界中の競馬場で走るのを見たい。だから、私に出来る事で精一杯雄太くんのサポートをしたいの。世界で通用する日本一の騎手になって欲しいから」
春香は、そう言って雄太に自分の手の平を向けた。
(手の平……? あ、神の手とかマッサージって事か……)
自分より一回り以上小さな手が、大きな力を与えてくれるような気がした。その手をギュッと握り締める。
(俺、つい忘れるんだ。春香が『東雲の神子』って呼ばれてるって事……。俺にとって、春香は神子じゃなくて大好きで大切な女性だから……)
「ありがとう。春香が傍に居てくれて、いざって時にマッサージしてもらえるなら、俺もっともっと頑張れるよな。頼りにしてる」
「うん。私、もっともっと勉強して、技術を磨くね」
これまでも自分を高める努力を惜しまずにやって来た二人が、お互いに前に進もうと思ったなら、相乗効果で更なる成長が出来るだろう。
「で、さ。誕生日のプレゼントは何が欲しい? 今からでも贈りたいんだ」
「今日、私が欲しかったプレゼントがもらえたから他には要らないの」
「今日?」
何かを贈った覚えはなかった。自分は腕時計をもらったが。
「雄太くん」
「ん? 何?」
春香はジッと自分を見詰めていた。
「だから、雄太くんなの」
「え? もしかして……俺?」
「うん。雄太くんが私の恋人になってくれたから、もう他には何も要らない。最高の誕生日のプレゼントだから」
ニコニコと笑っている春香を思いっきり抱き締めた。
(ほ……本当にっ‼ もうっ‼ マジで連れて帰りたいっ‼ ……無理だけど……)
その頃、東雲マッサージでは、直樹が冬眠から覚めた熊のようにウロウロと歩き回っていた。
「直樹……。いい加減、落ち着いてくれない? お客様も呆れてるわよ?」
「お……おう」
里美に言われパソコン前に座るが、しばらくすると、またウロウロし始める。
「多分、6時には帰って来るわよ。遅くても7時ぐらいじゃない? 鷹羽くんは、明日も朝が早いんだから」
直樹は、チラリと掛け時計に視線をやる。
「今は、まだ5時半過ぎた処よ」
「わ……分かってる。分かってるけど……デートしてるんだぞ? 鷹羽くんなら大丈夫だとは思ってる。けど、鷹羽くんだって男だぞ? 十八歳とは言え男なんだぞ? いや、十八歳だからこそ心配にもなるじゃないか」
里美は、深い溜め息を吐いた。
「それを言うなら直樹の初めては何歳だったの? お相手は何歳だったの? それに春香は二十一歳よ? 立派な大人よ? もしかして直樹は私とそう言う関係になった時、私が何歳だったか忘れたの?」
「う……」
正論で口撃する里美に敵う筈もなく、直樹は渋々とパソコン前に戻り仕事を再開する。
(男親って全く……。本当、困ったものね)
里美だって心配していない訳じゃない。VIPルームを造った時、男とはどう言うものか等を含め、きっちりと性教育はした。だが、好きな人となればガードは緩くなるかも知れないと思った。
(最終的には春香が決める事よね。鷹羽くんは、春香を傷付けたりしないって、私は信じてるわ……)
雄太は、通用口前に車を停めてエンジンを切った。
「春香。今日は、ありがとう」
「ううん。私こそ、ありがとう。凄く楽しかったし……嬉しかった」
「俺もだ」
お互い、離れ難い気持ちで手を繋ぐ。
「寝る前に電話するから」
「うん。待ってるね」
軽いキスをして、春香はシートベルトを外して車を降りた。運転席側に周り込むと雄太は窓を開けた。
ガチャン
金属音がして、通用口のドアが開いた。
「は……春」
「あれ? 直樹先生、どうしたの?」
直樹はドアを閉じるとジッと雄太を見た。




