127話
(市村さんが騎手……。もし、そうなったら、ほぼ毎日一緒に居られる……。けど、競馬学校に入ったら三年間会いたい時に会えない……。てか、一緒のレースに出たらライバルだよな? でも、その後は……。けど、市村さんには市村さんの仕事があって……)
「鷹羽さんは、私が騎手になれると思いますか?」
考え込んでいた雄太に、春香は覗き込むようにしながら訊いた。その声に気付き、雄太は春香を見た。
「えっと……市村さんは騎手になりたいですか?」
春香に才能がないとは思わない。小野寺もスカウトしたくなると言っていたし、雄太自身もなれるかも知れないと思ってしまっていた。
ただ、競馬は命懸けのスポーツ。なりたいと言われてもとめたくなる。春香の才能を潰したい訳ではないと思いながら誤魔化すように春香に訊ねた。
「う〜ん。すごく大変だろうなって思うし、私には無理だと思うのでやめておきます」
「そうしてください。市村さんがレースに出る度に落馬しないか気になって、俺がレースに集中出来なくなりそうですから」
「はい。鷹羽さんに何かあったら、私が嫌ですし」
春香が笑って答えると雄太はホッとした。
「じゃあ、行きましょうか」
雄太は伝票を持って立ち上がる。春香は頷いて立ち上がると、鈴掛達にペコリと頭を下げ、雄太の後ろを着いて行った。
「お似合いの二人だよねぇ〜」
ニコニコと呟く梅野を鈴掛はチラリと見る。
「お前、今日あの二人が会うの知ってたのか? 妙に口数少なかったよな?」
「もちろん知ってましたよぉ〜。雄太がG2獲ったら車を貸して欲しいって言って来ましたからねぇ〜」
そんな事を話していると、店の裏側の駐車場から梅野のスポーツカーが通りに出て行くのがウィンドウ越しに見えた。
「雄太、上手く行くと良いなぁ〜」
純也は、親友の恋を応援する。いつもレースを応援するように。鈴掛と梅野も笑って頷いた。
雄太の運転する車は、どんどん山手に走り山頂へと着いた。駐車場に車を停めると春香は興味深そうに周りを見ていた。
「まだ紅葉の時期ではないですけど、のんびり出来ますよ」
「はい」
二人は並んで遊歩道へと向かう。遠くまで見渡せる所で春香はふと立ち止まり指を差した。
「トレセンは、こっちですよね?」
「そうですよ」
「じゃあ、こっちが東……」
そう言った後、春香が何かを呟いた。雄太が聞き返そうとすると、春香が振り返り反対側を指差した。
「鷹羽さん。あれは展望台か何かですか?」
「東屋ですよ。一段高くなってるので、見晴らしは良いですし登ってみますか?」
「はい」
春香はゆっくりと歩き出した。その横に雄太は並び、小高くなっている東屋に向かった。
(東……。東に何かあるのかな……? さっき、何を言ったんだろう……?)
東屋の木製のベンチに並んで座る。風が吹いて来ると春香の青いリボンがヒラヒラと揺れた。
「市村さん」
雄太の真剣な声に、春香は向き直った。見つめ合う形になった状態になり、雄太は決心を固めスゥ〜っと息を吸い込んだ。
「またかって思うかも知れないけど、俺と付き合ってください。……駄目ですか?」
その言われ、春香は言葉に詰まり俯いた。
「ずっと黙ってたけど、俺は市村さんの子供の頃の話も……親の事も知ってます。それでも……」
そこまで言った雄太に、春香は顔を上げ少し笑った。
(え?)
「直樹先生に聞いたんですよね。私が神社でサインをもらった日に……。昨日、鷹羽さんからの電話の後、直樹先生に謝られました。『勝手に話して悪かった』って」
春香は、一息吐いて話を続けた。
「私ね……。鷹羽さんには絶対に知られたくないって思ってたんです。過去の話よりも……あの人達の事を……。知られたら、きっと嫌われるって……。でも、知ってからも私の事を好きって言ってもらえてたのが分かって……。嬉しかったんですよ、本当に……」
笑っているのに泣いてるようで……。
今にも消えてしまいそうで、雄太は何も言えなくなった。




