126話
鈴掛が、純也の背後から両手で口を塞ぐ。
(コイツはぁ〜っ‼ 春香ちゃんが気にするだろうがっ‼)
それを見た梅野は笑いながら、純也の前に座った。雄太は恐る恐る春香の方を見た。
春香は少しも困ってる様子はなく、少し照れくさそうにしながらも
「はい。今日は、乗馬を教えてもらってました」
と笑っていた。
(否定しないんだ……? 確かに俺、デートって言って誘ったけど……)
雄太が驚いていると、梅野はニコニコと笑いながら
「楽しかった?」
と春香に訊ねた。
「はい。とっても楽しかったです」
春香も笑って答えた。その様子に鈴掛が固まる。
(何で、この二人が一緒に居て、春香ちゃんはデートを否定しないんだ……? あの花束が届いて、まだ一ヶ月だぞ? 二人の間に何があった……?)
「フガァー。フガガァー」
ずっと口を塞がれている純也が何かを叫んでいる。
「鈴掛さん。塩崎さんを離してあげてください」
「あ、いけね。忘れてた」
春香に言われて、鈴掛は純也から手を離した。半分、鼻まで押さえられていた純也が文句を言う。
「プハァ〜。鈴掛さん、酷いっすよ。てか市村さん、俺の事をソルさんって言わなかったっすね?」
「リーディングの記事を読んでたら、純也って名前があって、もしかしたら塩崎さんの事かなって思ったんです」
「そうっす。塩崎純也っす。塩のソルトのソルっす。改めてよろしく〜」
雄太は、春香が会えていなかった時期も、自分を気にしていた事を改めて嬉しく思った。そして、ナンパ風に自己紹介した純也の方を見た。
「ソル、ナンパすんな」
「純也ぁ〜。それってナンパだぞぉ〜?」
雄太と梅野が言うと、鈴掛が呆れながら純也の横に座り
「純也、春香ちゃんをナンパしたら馬に蹴られるぞ? まぁ、この場合蹴るのは雄太だろうけどな」
と言った。
「じゃあ、鷹羽さんに赤いリボン着けなきゃ駄目ですね」
笑いながら春香が言うと、雄太、純也、鈴掛、梅野が揃って驚いた顔をする。
「え? 私、間違ってましたか?」
(市村さんっ‼ その知識はどこからっ⁉)
驚いた顔で何も言えなくなっている雄太を見て、春香は少し不安な顔をした。
「あ、いえ間違ってないですよ。ははは……」
「ん〜。今日の鷹羽さんは、時々変ですよ? 私が馬に乗る時も変な声出してたし」
「馬に乗る時って?」
苦笑いをしている雄太と少し拗ねた感じの春香を見ながら鈴掛が訊ねた。
「鈴掛さん、聞いてくれます? 鷹羽さんったら、私が騎手の人の乗り方をしたら『え?』って言ったんですよ」
「騎手の人の乗り方? 騎乗する時の片足で立って〜って奴っすか? それで乗ったんすか?」
カツカレーのカツをスプーンに乗せて食べようとしながら純也が訊いた。春香が頷くと純也も鈴掛も固まった。
二人の様子を見ながら
(うん。ソルと鈴掛さんの反応が普通だよなぁ……)
と雄太はポリポリと頬を指で掻く。
「私が、鷹羽さんの馬の乗り方の真似をしてた時も変な表情して見てたでしょ?」
「え? あ、えっとぉ……。初めての乗馬で、騎乗姿勢とれると思わなくて」
雄太は、慌てて両手を振りながら答えた。鈴掛と純也は、カレースプーンを持ったまま固まって動かなくなっていた。
(てかっ‼ あの距離で、馬に乗って走りながら、俺の表情が見えてたんですかっ⁉)
「市村さ〜ん。今からでも騎手、目指せばぁ〜?」
それまで黙って食事をし、食後のコーヒーを飲んでいた梅野が楽しそうに言う。
「私が……ですか?」
「だって、初めての乗馬でそれだけ騎手の真似事が出来たんなら、才能あるでしょ〜? 乗馬教室に通って基礎を身に付けて、競馬学校に三年行けば、四〜五年ぐらいでデビュー出来るかもよぉ〜?」
涼しい顔で言う梅野のセリフに、鈴掛と純也はスプーンを皿に置き、雄太は顎に手を当てて悩み始めた。




