125話
(何で初めてで騎乗姿勢が取れるんだ……? 俺、教えてないぞ? 真似だけど……ほんの数秒だけど……)
「雄太ちゃん……。あの子、本当に素人か……?」
「先生……。俺は今、何を見てるんでしょうね……?」
春香はゆっくりと速度を落として、呆然と眺める雄太と小野寺の前に馬をとめた。
「さ……さすがに疲れますね。……どうかしたんですか?」
少し息を乱しながらもケロリとしながら春香が訊ね、雄太と小野寺は苦笑いを浮かべた。
馬から下りた春香は、馬の鼻面を撫でて
「ありがとう。楽しかったよ」
と笑っている。
雄太は引き綱を持って、その姿を見詰めていた。
(良かった。無事だったし、すごく嬉しそうで)
「雄太ちゃん。後はやっておくから行って来な。明日も朝早いんだから、デートだって言っても、そんなに長くいられないだろ?」
小野寺は、いつの間にか取って来た春香のコートとリュックを手渡しなが、小さな声で雄太に話しかけた。
「でも……」
「良いから、良いから。俺が、あの子に騎手にならないかってスカウトする前に行きな」
「先生……。ありがとうございます」
馬に乗った後はキチンと片付けまでしないと駄目だと教えていた先生が笑って行けと言ってくれている。雄太は、ペコリと頭を下げた。
「市村さん。手と顔を洗って、食事に行きましょう」
「はぁ〜い、鷹羽先生」
「だから、先生はやめてくださいって」
いたずらっ子のように笑った春香は、小野寺に深々と頭を下げた。
「小野寺先生、今日はありがとうございました」
「またいらっしゃい」
「はい」
小野寺は仲睦まじく話ながら歩いている二人を見送りながら思う。
(ん〜。良い子だったな。筋も良いし。今からでも騎手にならないかって言いたくなるよなぁ……。雄太ちゃんは、ライバルより恋人にしたいんだろうけど)
✤✤✤
誰かトレセンの人間に会うかも知れないとは思うが、時間的に遠出する訳にもいかないと思い、近くの喫茶店で昼食を取ると決めていた。
(誰も居ないと良いけど……)
店に入ると、雄太は春香に分からないように店内を見回した。運良く顔見知りは居なかった。
(よしっ‼ 大丈夫っ‼)
雄太は小さくガッツポーズをした。二人は窓際の景色の良い場所へと案内され、向い合せに座った。雄太は、メニューを見ている春香を見る。
冷たい水で顔を洗ったが、運動をした事もあり、春香の頬はいつもよりピンクがかっていた。
(可愛いなぁ……)
「初めての乗馬はどうでしたか?」
「とても楽しかったです。走るって言っても、レースみたいな速さじゃないけど、それでも思ってた以上に速かったですし、風が気持ち良くって」
春香は、食後のアイスティーを飲みながら話す。
「小野寺先生が褒めてましたよ。初めてとは思えないって」
「きっと教えてくれた先生が良いからですね」
春香に褒められると嬉しくなる。初勝利の時も、春香に祝ってもらった時が誰に褒められるより嬉しかった事を思い出す。
「俺は、基本を教えただけですよ。市村さんが上手かったんですよ。馬に対する接し方も良かったし」
「そうですか? 鷹羽さんに褒めてもらえて嬉しいです」
その時、店の出入り口の方から、聞き慣れた声が聞こえた。
「あ、雄太だ」
「春香ちゃん?」
「市村さん〜」
雄太と春香が声がした方を見ると、純也と鈴掛と梅野が立っていた。
(ウゲッ……。よ……よりにもよってぇ……)
雄太は、コーヒーカップを持っていない左手で顔を覆い、春香はペコリと頭を下げた。純也が、他に空いてる席があるにも関わらず、スキップをするような感じで二人の席に近付く。
(来んなってぇ……)
雄太の願いも虚しく、純也は二人のテーブルの隣の席に座り
「デート? デートなの? デート?」
と楽しそうに連呼した。




