124話
「基本は、こんな感じです。大丈夫ですか? 分からない所はなかったですか?」
「はい。大丈夫です」
春香の声が弾み、目がキラキラと輝いていてワクワクしているのが伝わって来る。嘘偽りなく楽しいと思っているのが分かった。
「じゃあ、乗ってみましょうか。俺の足を踏み台にして……」
「鷹羽さん。私、騎手の人がやる乗り方してみたいです」
春香は左足を曲げ、右足で片足立ちをしながら言う。どうやら騎手の真似がしたいらしい。
「え? 市村さん、乗馬初めてでしょ? あれ、意外と難しいんですよ?」
雄太としては、なるべく危なくないようにして欲しい。確かに格好が良く憧れるのは雄太にも理解は出来るが、春香は完璧な初心者。どうしたものかと雄太は悩む。
「じゃあ、一回だけチャレンジさせてください。一回で出来なかったら鷹羽さんの言う乗り方をします」
「……分かりました。一回だけですよ?」
春香に真っ直ぐに見詰められては断れないと思い、雄太は頷いた。
「雄太ちゃん。一度、見せてやったらどうだ? 言葉だけの説明よりやってるのを見ながらの方が良いだろ」
「……そうですね。じゃあ、やりながら説明しますから見ていてください」
「はい」
小野寺に言われ雄太は頷いた。雄太が手綱を握り片足で立つと小野寺が左足を持ち上げ跨る。雄太の丁寧な説明を聞きながら、何度も春香は頷いた。
雄太は馬から下りて
「分かりました?」
と心配そうに訊ねると春香はニッコリと笑った。
雄太が春香に手綱を手渡し、小野寺は万が一を考えて、直ぐ動けるように体勢を取る。春香は、しっかりと手綱を握り、左足を曲げて片足立ちをする。
(落ちないでくださいよ……。怪我しないでくださいね……)
雄太は祈りながら、右足で弾みを付ける春香の左足を持ち上げた。すると、今まで何度も乗っていたかと思うくらいに危なげなくヒラリと春香は馬に跨った。
「「え……?」」
雄太と小野寺の声がハモる。
(な……な……何で一回で出来るんだ……?)
「うわぁ……。高いですね~。すご〜い」
(これが……鷹羽さんの見ている高さなんだ……)
呑気な声で馬の背を楽しむ春香を雄太は見上げた。春香は、目を閉じてスゥ~と息を吸い込んでいた。
「じゃあ、少し歩いてみましょうか。鐙に、あ……し……え?」
「これくらいかなぁ……?」
雄太が視線を鐙に移すと、春香は少し腰を屈めながら鐙に足を入れて位置を微調整をしていた。
「市村さん……。本当に乗馬初めてですか……?」
「初めてですよ? どうしてですか?」
くっきりとした二重瞼と長い睫毛に彩られた綺麗な瞳が雄太を見詰めている。雄太は、ジッと見られてドキドキした。
(距離が……距離が……近い……)
「鷹羽さん?」
「あは……あはは……。とりあえず、練習場に行きましようか」
「はい。鷹羽先生」
「だからぁ〜。先生はやめてくださいって」
雄太は苦笑いを浮かべながら引き綱を引きながら歩く。春香はクスクスと笑っていた。
✤✤✤
一時間もすると、春香は一人で練習場を駆けていた。と、言っても速足程度だったが雄太はハラハラして見ていた。
「なぁ、雄太ちゃん。あの子、本当に本当に今日が初めての乗馬……なんだよな?」
「ええ……。俺の初騎乗を見に阪神に来てくれた時に、初めて生で馬を見た……はずなんですけど……ね」
(風が気持ち良いなぁ〜。そうだ。雄太くん、いつもこんな感じだったっけ?)
春香は、グッと腰を浮かせ前屈みのような体勢を取る。ほんの数秒だけ。
(い……い……市村さんっ⁉)
(え? あの子……)
走る馬の上で簡単に騎乗姿勢がとれるはずもなく、春香は馬に振動を伝えないように腰を下ろした。
(ん〜。難しいなぁ……。でも、諦めないんだから)
雄太と小野寺の驚きをよそに、春香は、また騎乗姿勢を取ろうとする。
(えっと……こんな感じ……? しっかり鐙に……あ、さっきより出来たぁ〜)




