123話
手荷物やコートを置いて来た春香と馬房に入った雄太は、久し振りのクラブの馬房で子供の頃の記憶が甦る。
だが、初めて馬と至近距離で接する春香が気になり振り返ると、春香は馬から距離を取りながら歩いていた。
「市村さん。もしかして馬が怖いですか?」
「え? いえ、怖くはないです。馬は臆病な生き物だと言うので、初めての私が近付くのは良くないかと思って」
(え? 市村さん、服装と言い、その知識はどこから……?)
驚いた雄太が立ち止まると、それに気付いた春香は立ち止まり、雄太を見上げてニッコリと笑う。そんなに広くない通路だから、春香の笑顔が至近距離にある。
(ああ……やっぱり可愛い……。じゃなくてっ‼ 今日は、市村さんに乗馬を教えるんだっての。しっかりしろ、俺っ‼)
「人参あげてみますか?」
「良いんですか? 人参あげたら仲良くなれるかなぁ〜」
キラキラと目を輝かせる春香を見ているとサインをした日を思い出す。
(この人は……本当に可愛い……。だから駄目だって。しっかりしろって、俺。集中しなきゃ駄目だっての。市村さんに乗馬を教えるんだからな)
二人で出入り口付近の飼料置き場に向かう。そのままの状態の人参をあげても良いのだが、馬の噛む力は強く、齧る衝撃はそれなりにある。初めてだと驚くかも知れないと思い、雄太は細長くカットをして春香に渡した。
「下の方を持ってください。口元に手を近付けないようにしてくださいね? 噛まれると出血だけで済まない事もありますから」
「はい」
春香はもらった人参を持って、スタスタと馬に近付いていく。その姿に雄太は目を丸くする。
(本当に怖くないんだ……)
「はい、どうぞ」
ボリボリと人参を噛み砕く音が響く。春香は、手前の馬から順番に人参をあげて行った。すると、芦毛の馬がニュッと首を伸ばし、春香に顔を近付けた。
(あっ‼ 危な……え?)
噛み付くんじゃないかと思った馬は、春香に顔を寄せスリスリと甘えるような仕草をし、春香から人参をもらうとボリボリと食べた。
「この子、可愛いですね」
振り返った春香が、唇を押さえながら言った。
(ま……まさか……おま……お前ぇ〜〜〜っ‼ 市村さんにキスしただろぉ〜〜〜っ‼)
馬相手にヤキモチを焼く必要もないのだが、雄太にすればライバル出現っ‼ と言った感じだった。が、その馬が牝馬と言う事に気付きホッとした。
「その子にしますか? 相性良さそうですし」
「はい」
「じゃあ、準備しますから外で待っててください。大丈夫だとは思うんですけど、もし暴れたら危ないんで」
春香は頷くと馬房の外に出た。雄太は、道具置き場から鞍や鐙などを手にする。そして、チラリと外で待っている春香を見た。
春香は、小野寺からプロテクターやヘルメットなどを手渡され、着け方を教わりながら身に着けていた。
(女の人でなくても、馬を至近距離で見ると大きさにビックリしたり、臭いを嫌がったりするのにな。市村さん、全然気にしてる様子なかったし、顔をくっつけられても笑ってるんだもんな。不思議な人だ……)
引き綱を引いて外に出ると、騎手課程の生徒のような感じで立っている春香を見て、ついこの前までの自分もこんなだったなと思った。
雄太と馬が外に出て来たのに気付いた春香はスタスタと馬に近付いた。
「よろしくね」
鼻面を撫でながら言う春香に、雄太も小野寺も唖然とした。馬も大人しく撫でられている。
(スキンシップ……完璧……)
雄太は引き綱を小野寺に手渡し、春香に手綱の握り方や止まり方などを教えていく。春香は、一つ一つ頷きながらやっていく。
春香の楽しそうな様子や、自分が教えていた雄太が一生懸命教えているのが頬笑ましく、小野寺もニコニコとしてしまっていた。
(ほぅ……。この子は……うん……へぇ……)




