122話
春香が、いつものように通用口から出ると、脇道を梅野の真っ白なスポーツカーが曲がって来るのが見えた。
(あれ? 梅野さん……?)
何かトラブルで店に来るとしても、電話もなく開店時間前は変だなと思っていると春香の前に停車し、助手席側の窓が開いた。
「市村さん、おはようございます」
「た……鷹羽さん……?」
「とりあえず乗ってください」
「あ、はい」
春香は、ドアを開け乗り込んだ。
「おはようございます。鷹羽さん、免許持ってらしたんですね」
そう言いながら、シートベルトを着ける。それを確認した雄太は、車を発進させた。
「免許は取ったんですけど、まだ車は買ってないんで、今日は梅野さんに借りて来ました」
「そうなんですね。私、梅野さんかと思っちゃいました」
「昨日言っておけば良かったですね」
真剣な顔で運転する雄太の横顔をチラチラと春香は見た。初めて見る運転をする雄太の姿は新鮮で、見惚れてしまった。
(格好……良い……)
「市村さん? どうかしましたか?」
急に黙ってしまった春香に声をかける。
「あ……いえ。晴れて良かったなぁ〜って思って」
「雨だったら、プラン変更しなきゃって思ってたけど、天気予報が裏切らなくて良かったです」
「はい」
他愛もない話をしながら、雄太の運転するスポーツカーは、川沿いの道を上流に向かって走る。住宅地を過ぎ、長閑な田園地帯を抜け、トレセン近くの乗馬クラブに着いた。
「ここですよ」
雄太は、乗馬クラブの来客用スペースに車を停めた。
「私、ドキドキして来ました」
「ちゃんと教えますから。深呼吸して落ち着いてください」
「はい」
競馬でなくても馬に関係すると、雄太の笑顔は柔らかくなる。変に大人ぶった取材用の笑顔より、ずっとずっと好きだと思うと、春香の胸は更にドキドキと高鳴る。
二人が車から降りて建物の方に向かうと、年配の男性が出迎えてくれた。
「小野寺先生、今日はよろしくお願いします」
「雄太ちゃんのお願いだからな」
雄太が子供に戻ったような笑顔を見せる。小学生の頃からの付き合いだから、小野寺も騎手鷹羽雄太と言うより、乗馬クラブの生徒と言った感じになるのだろう。春香がペコリと頭を下げた。
「初めまして。市村です。今日は、よろしくお願いします」
「小野寺です。今日は楽しんで、乗馬を好きになってください」
「はい」
「コートや手荷物は事務所に置いておけば良いですよ」
小野寺が指差す方向を見ると優しげな年配女性が、軽く会釈をして待っていてくれる。あそこが事務所なのだろうと思い、春香は頷いて歩き出した。
「なぁ、雄太ちゃん」
「はい?」
「あの子の格好、あれ雄太ちゃんが言ったのか?」
雄太も会った時から気になっていた事を小野寺は口にした。
「俺、裾が細目のジーンズで……とは言ったんですけど、紐のない靴とか袖口とかにボタンのない服とかは彼女の判断みたいです。昨日、うっかり言い忘れてたんですよね。鐙や手綱に引っ掛かる服や靴は駄目って言わなきゃってのを。会った時、あの格好だったんでビックリしました」
「そうか。ちゃんと馬に乗ろうって思ったんだな。で、雄太ちゃんの彼女か?」
ニヤリと小野寺は笑いながら言う。春香を彼女と言われて雄太は少し赤くなる。
「そうなったら……嬉しいですね。俺の心の支えになってくれてる大切な大切な女性です」
「雄太ちゃん、大人になったな。大事にしろよ。あの子は、良い子だと俺は思うぞ」
「はい」
子供の頃から見ていた雄太が、乗馬体験させてあげたい女性が居ると言って来た時は驚いたが、春香を大切と言い切った雄太の表情が大人になった気がして
(良い顔しやがって。この前まで子供子供してたのにな)
と、生徒の成長を嬉しく思った。




