120話
20時丁度に電話をかけようと、雄太は電話の前で目覚まし時計を見ながら待っていた。
(市村さん……レース見ててくれたかな……? 電話出てくださいね?)
祈りながら受話器を持ち上げて、自分の手が震えているのに気付いた。
(初めて電話しようとした時もこんなだっけ?)
目を閉じて深呼吸をする。ドキドキと心臓が速くなる。
(よしっ‼)
同じ頃、春香は膝掛けを抱き締めながら、電話を前に置いてソファーに座っていた。着信のベルが鳴った瞬間、春香は受話器を取った。
「もしもしっ‼」
『え……?』
「あ……」
意気込み過ぎた春香の顔は一気に赤くなった。受話器の向こうから吹き出し笑う声が聞こえた。
『プッ……フフフ……。こ……こんばんは、市村さん』
笑いを堪えながら言う雄太に、春香は何も言えなくなった。
(は……恥ずかしい……)
『市村さん? 聞こえてますか?』
「はい……。あの……おめでとうございます……」
『ありがとうございます。見ててくれたんですね?』
変わらない優しい声が耳に届く。この声を……こうやって話せる日が来る事を、どれだけ待ち望んでいたか……。春香の胸は熱くなる。
「はい……。ちゃんと見てました」
(この人は、本当に可愛い……)
何度もフラれた相手に電話をしていると言うのに、こんなにも笑顔になれるものかと雄太は思った。
『ありがとうございました。電話に出てくれたって事は、明日会ってくれるんですね?』
(あ……そうだ……。私、雄太くんとのデートをオッケーした事になるんだ……)
雄太に問われ、春香は一瞬考えてしまった。人に聞かれたら『今更?』と言われそうだが、雄太からの電話を待っていた気持ちにも『偶然で良いから会いたい』と思ってた気持ちに嘘はない。
「はい……。あの……私、デートってした事がなくて……。その……どうしたら良いんでしょう……?」
『プッ……フハハ』
「鷹羽さん、笑い過ぎです」
『す……すみません。つい』
謝ってはみたものの、拗ねた春香が可愛くて、つい笑いが込み上げた。
『前に、乗馬体験に行こうって話してたの覚えてますか?』
「はい。覚えてます」
半年以上前、出会った頃にした約束だった。
『明日、行きましょう。俺が習ってた先生に連絡したら良いよって言ってくれたんです』
「え? わざわざ連絡をしてくださったんですか?」
『市村さんが行きたいって言ってくれてたし、俺が夢を叶える為に一歩を踏み出した所を見て欲しいんです』
京都競馬場から自宅に戻って直ぐ、乗馬クラブに電話をした。運良く先生が居てくれて、初めての重賞優勝を喜んでくれた。本来ならやっていない一日体験を、平日の昼間と言う事もあり快く了承してくれた。
「嬉しいです。行きたかったんです」
『喜んでもらえて良かった。じゃあ、明日は馬に乗れる格好で待っててくださいね?』
「ジーンズで良いですか?」
『ええ。前に会った時に履いていた裾の細いのが良いです。裾が広いと引っ掛かりますから』
気が付けば、ずっと会えずにいたのが嘘のように話が弾んだ。嬉しそうな春香の声を聞いていると、雄太は自分がフラれた事を忘れそうになる。
「分かりました。楽しみです」
『じゃあ、明日の朝8時に迎えに行きますね』
「はい。今日は、お疲れ様でした」
そう言った後に、春香は少し不安になった。
「あの……鷹羽さん……」
『はい? どうかしましたか?』
「私……夢を見てるんじゃないですよね? 今、鷹羽さんと話してる夢を見てんじゃ……」
『夢じゃないですよ。明日の朝になれば分かります』
そう雄太に言われて、明日人生で初めてのデートをするのだと思うと顔だけでなく体までが熱くなる。
(私、電話でこんなに緊張してるのにデートなんて出来るの……?)




