119話
日曜日15時00分
予約と施術受付を午前のみにしておいた春香は、常連の男性達と一緒に待合のテレビの前に居た。
他のレースの合間にもメインレースで重賞G2の京都大賞典のオッズやパドックを歩く馬が映る。時間が経過すると春香のドキドキは高まって行った。
(雄太くん……)
正直、勝って欲しいとは思う。けれど、簡単に勝てるものではないと思っている。勝って欲しいと願っても良いものだろうか……? と悩んでしまう。
あれこれ悩んでいる内に騎乗の時間になった。騎手控室からパドックに出て来た雄太に春香の視線は釘付けになる。
(やっぱり、馬に乗ってる雄太くんは格好良い……)
普段の優しげな雄太も、馬に跨った凛々しい雄太も、両方好きだと思ってしまう。
「春ちゃんは、どの馬が良いんだ? ジジィは2番だな」
「川下のおじいちゃんは2番なんですね。私は、4番ですよ」
「お? 春ちゃんは、相変わらず勝負師だな。6番人気が本命とは」
ニコニコと笑って言葉を交わす。
(人気があってもなくても、私の本命は雄太くんただ一人……)
京都競馬場
15:40発走 11R 京都大賞典 G2 芝2400m
ゲートに入る前、雄太はゆっくりと深呼吸をした。そして、馬の首をゆっくりと撫でる。
「頑張ろうな? お前は、もう七歳だけど、俺はやれるって信じてるぞ。俺も、精一杯騎乗するから、一緒に一着でゴール板を駆け抜けような」
いつもと同じようで、何が違っているような気がした。何かと言われたら分からないが、心が穏やかな気がした。
高らかにファンファーレが鳴り響く。
「さぁ、行こう」
ゲートを出た雄太は、三位から四位と言う辺りにつけていた。
(雄太くん……。雄太くん……)
祈る気持ちで、両手をギュッと握り締める。最後の4コーナーを曲がり、直線に向くと雄太は先頭に並びかけた。ゴールを見たいような、見たくないような複雑な気持ちが押し寄せる。
(駄目。ちゃんと見なきゃ……)
ゴールまで後少しといった所で競り合いが続く。
(もう少しっ‼ 雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼ 私は……私は、あなたに……あなたに会いたいっ‼)
ゴール直前、雄太の馬が抜け出し、一着でゴール板を駆け抜けた。
(あぁ……。雄太くん……私は……)
涙がこみ上げて来そうになるが、店で泣く訳にもいかないとグッと堪えた。
「春ちゃん、お見事」
「はい。勝ちましたね」
「鷹羽の坊は、良い騎乗するようになったな。立派じゃ」
「そうですね」
周りに居た男性達からパチパチと拍手がわいた。春香も、テレビの中の雄太に拍手を送った。
「じゃあ、私は仕事に戻りますね」
「お、そうか。また一緒に競馬見ような」
「はい。川下のおじいちゃん、気を付けて帰ってくださいね」
ニッコリと笑って頭を下げた。他の客達にも会釈をして、平静を装い春香はVIPルームに戻った。
ドアを閉めた途端、大粒の涙が溢れ頬を伝う。いつか、雄太は重賞を勝つだろうと思っていた。勝って欲しいと願っていた。それが、こんなに早いとは思ってもいなかった。
(デビューして、まだ一年も経っていないのに……こんな凄いあなたの姿を見られるなんて……。あなたと出会って……あなたを好きになって……あなたを応援し始めて、まだ……)
デスクに近付き、そろそろ使うだろうと持ち込んでいたラベンダー色の膝掛けを抱き締める。恥ずかしそうに手渡してくれたのが昨日のように思えた。
(雄太くん……おめでとう……。私は……あなたが好きです……。大好きです……。あなたには、一生言わないけど……言えないけど……。私は、あなたが大好きです……)
涙と共に溢れ出した気持ちは、更に涙となって溢れた。




