118話
里美は、手にしていた新聞の束を受付カウンターに置くと、春香に歩み寄った。
「春香、デートするの? 相手は鷹羽くん……よね?」
里美に訊ねられ、春香は頷いた。
「は……春。それは、決定事項なのか……?」
直樹がアワアワとしながら訊ねると、春香は手紙の内容を思い出しながら答える。
「えっと……11日の京都大賞典で一着になったら……って」
直樹は、驚いてズリ落ちそうになった椅子へ座り直すと、ズレて半分落ちそうになったマウスパッドの位置を整えながら訊ねた。
「鷹羽くんが京都大賞典で一着になったらデートして欲しいって言って来たって事で良いんだな? まだ、デートするって決まった訳じゃないんだな?」
春香が小さく頷くと、直樹はホッと息を吐いた。
(驚かすなよ……)
里美は、春香の手を引いてソファーに座らせた。そして、そっと春香の手に自分の手を重ねる。
「事情は分かったわ。それで、どうしたらって言うのは、どう言う意味なの? 春香は鷹羽くんとデートしたくないの?」
「だって……だって……デートって……オシャレして行くんでしょ……? 私、デートに着て行けるような服なんて持ってない……」
春香の答えに、直樹は椅子から転げ落ちそうになった。
(そこかっ⁉ そこなのかっ⁉ デートする気満々じゃないかっ‼)
(この子ったら鷹羽くんに会いたいんじゃない。まだ、デート出来るって決まった訳じゃないのに着て行く服を気にして)
里美は思わず吹き出してしまい、笑いながら、春香の頭を撫でた。突然、なぜ頭を撫でられたか分からない春香が不思議そうな顔をする。
「里美先生……?」
「明日、午前中の予約の施術が終わったら服を買いに行きなさい」
優しい笑顔で里美が言うと、春香は泣きそうな顔になる。
「あの……でも……どんな服を買えば良い……?」
「ミっ‼ ミニスカートは絶対っ‼ 絶対に駄目だからなっ‼」
真剣な顔をして里美に訊ねる春香の言葉に反応して直樹が叫んだ。里美は、直樹の言葉に眉間を押さえ、春香は唖然として直樹を見た。
(親バカなんだから……もう)
春香がデートをするかも知れないと言うだけで慌てふためく直樹に、里美は溜め息を吐いた。
✤✤✤
翌日の昼。里美と春香は一緒に出掛けた。出掛ける直前にも
「ミニスカートは絶対駄目だからなっ‼」
と直樹は叫んでいたが、里美にスルーされていた。
シンプルなワンピース、ふんわりとしたセーター。
少しだけフリルのついたカットソー、ロング丈のキュロットスカート。
襟に刺繍の入ったブラウス、膝丈のティアードスカート。
「どこに行くか分からないのよね? なら、これも買っておいた方が良いわね。良いレストランに行くとしたら、ドレスコードもあるんだし」
里美は、襟や袖口に白いレースがついた紺色のワンピースを試着室に居る春香に手渡した。
出張施術に行く時に着用している飾り気のないスーツ以外、春香がまともに外出着を持っていない事を知っている里美は
(良い機会だわ)
と、春香の服を増やす気満々で、次から次へと試着させていた。
「良いわねぇ〜。とっても似合うわ、春香。鷹羽くんも驚くわね。じゃあ、これも買っておきましょ」
春香の頬が赤くなるのを見て、里美は満足気に頷く。
「後は……あら、このブラウスも良いわね」
「さ……里美先生ぇ……」
試着していたワンピースを脱いで下着姿になったままの春香が情けない声で里美を呼ぶ。
「娘が出来たら、こう言うのしたかったのよ。今日は黙って付き合いなさい」
里美に、笑顔でそう言われると春香は何も言えなくなる。
親に捨てられた春香。子供を亡くした里美。
傷の舐め合いだと陰口を叩かれたこともあったが、いつの間にか良い母娘になっていた。




