ひな祭りSP ひな祭りと芽を出した初恋
このお話は65話の翌日の3月3日のお話になります。
ひな祭りと言う女の子の節句と春香ちゃんの初恋を絡めてみました。
本編では書いていない、春香ちゃんとご近所のオジサマ達との関わりも書いています。
では、どうぞ♪
近所の幼稚園から可愛い声のひな祭りの歌が聞こえて来る。
(ひな祭り……かぁ……)
春香は、ひな祭りが嫌いだった。幸せそうなお雛様と内裏様を見ていると胸が締め付けられ切なくなった。
いつか愛する人に愛され、共に人生を歩むなど想像すらした事がなかった。想像も出来なかったから……と言うのが正しい言い方かも知れない。
その気持ちは、年頃になれば更に強まった。テレビで放送されている芸能人の結婚式の様子は見る事が出来なかった。
(豪華なお嫁入りのお雛様なんて見たくない……。結婚式なんて、私には関係ない……)
そう思った時、脳裏に優しい笑顔の年下の男性の顔が浮かんだ。馬に跨ったキリッとした顔も優しい声も、なぜか気になった男性。春香は、ブンブンと頭を振った。
(何で……)
騎手と言う勝負の世界で生きると決めたとは思えない優しい顔立ち。少し伸びた坊主頭が幼い印象を与えるが、普通の十代後半の男性としては考え方がしっかりとしているのは、やはり生きている世界が競馬と言う所だから……だろうか。たまに見せる年相応の部分からも目が離せなかった。
(鷹羽さん……。どうしてるかな……)
雄太の初騎乗は一着にはなれなかった。それでも、笑顔で取材を受けていた。その笑顔よりも、VIPルームで競馬の話をしている時の笑顔の方が自然で優しかった。
(何にしても、初騎乗無事に終えられて良かった。これからも……怪我とかあるんだろうな。鈴掛さんも梅野さんも腰痛で来店される事もあるし、落馬とかで怪我もあるし……)
初対面の時は無愛想だと思ったが、今や親戚のお兄さんのような存在の鈴掛。軽い感じの話をする事も多いが、思いやりがあり優しい梅野。今の春香にとって、二人は大切な人となっていた。
その二人が可愛がっている雄太と純也。少し年下だけれど
「あんな人達がいたら、私も学校に行けてたかな?」
と思わずにはいられなかった。
✤✤✤
「美味いっ‼」
「あら、春香また料理の腕上がったわね」
春香の作ったちらし寿司や蛤のお吸い物を味わう直樹と里美。テーブルの上には、出汁巻き玉子や鶏の照り焼きも並んでいる。それぞれ常連の寿司屋の大将や居酒屋の大将からコツを教えてもらったものだ。
いつの間にか、近所の店の大将達は春香を娘のように可愛がってくれていた。悲しそうな瞳をした痩せっぽちの女の子に同情していたが、それは次第に娘に寄せるような愛情に変わった。実の親からもらえなかった愛情。勿体無いと泣きそうになるくらいに溢れる愛情。
(私には、直樹先生と里美先生がいて、たくさんの優しいおじさん達が居てくれる。私は……幸せよね)
春香にとって、たくさんのお金がある事は幸せではなかった。多額の金を得たが為に、実親から金の無心をされた。
『お金なんて要らないっ‼ お給料なんて要らないっ‼ お金よりも、私は『東雲春香』で居たいっ‼』
何度も何度も泣き叫ぶ夢を見て、泣きながら目が覚めた。その夢は、今も春香を苦しめていた。
「はい、春香。いつものケーキよ」
里美が苺がたくさん乗ったケーキを冷蔵庫から出して来てくれる。商店街にあるケーキ屋さんのケーキ。優しい顔のおじさんが作るケーキが春香は大好きだった。
「ありがとう、里美先生」
ひな祭りのケーキの砂糖菓子でさえ見たくないと泣いた日から、里美は苺で埋め尽くされたケーキを買って来てくれていた。
過保護なくらいに愛してくれている養父。厳しい事も言うが優しさ溢れる養母。
(いつまでも、こうやっていたいな。私の大切な家族……。でも、一度で良いから、私の作った料理を食べてもらいたいな……)
春香の胸の中に芽を出した小さな小さな恋の芽は、ゆっくりと成長して行くのだった。
作中に出て来たケーキ屋さんは、私の大好きなケーキ屋さんがモデルです。
甘過ぎないケーキで、店長さんが優しくて、いつか名前を出して紹介出来たら良いなぁ〜と思ってます。
明日からの本編も宜しくお付き合いください。




