114話
『関西新人最多勝おめでとうございます
これからも応援しています』
(これ……これは市村さんの字だっ‼ 見間違うもんかっ‼)
カードを持った指が震える。鈴掛が預かって来てくれた手紙を何度も読み返していたから、雄太は丁寧で綺麗な春香の字を覚えていた。
「一、二、三……。成る程ねぇ〜。雄太、バラの花言葉くらい知ってるだろぉ〜?」
「知らない……です……」
梅野が花束を覗き込み、更には数を数え雄太に訊ねた。そう言う事に疎い雄太は全く分からなくて小さな声で答えた。
「俺、知ってるっすよ。赤いバラは『愛情』とか『情熱』っすよね、梅野さん」
「純也、正解ぃ〜」
純也が得意気に言うと梅野は頷いて答えた。
(愛情……? 情熱……? 市村さんが……俺に……愛情……?)
「でな、バラの本数にも意味があるんだぜぇ〜。雄太、その花束のバラは何本あるぅ〜?」
「えっと……二十四本です」
梅野に言われ、雄太はバラの本数を数えて答えた。
「そう、二十四本〜。それな『二十四時間想っています』って意味なんだぜぇ〜」
「え?」
雄太の胸がドキドキと高鳴る。花束の中に春香の笑顔が見える気がした。
(市村さんが……? 二十四時間、俺を……想って……?)
「梅野さん。このユリと白い小さい花の花言葉はなんすか?」
「このユリはカサブランカぁ〜。花言葉は『祝福』で、白い小さいのはカスミ草ぉ〜。花言葉は『清らかな心』『無邪気』なんだぞぉ〜。花束の意味をまとめてメッセージカードの文言を合わせると『清らかな心で一日中あなたを想っています。新人最多勝おめでとう』って意味だと、俺は思うぜぇ〜」
純也が訊ねて、梅野が答えた。その会話が胸の奥にまでどんどんと広がって行く。
(清らかな心で……一日中想って……。市村さん……。この花束の意味……信じて良いんですか……? 市村さん……。俺……俺は……)
鈴掛が雄太の肩をポンと叩いた。
「春香ちゃん、親の事でお前と付き合う事は出来なくても、お前の事を好きなんだな。紅白になってるから祝いの花束にも見えるけど、本当は春香ちゃんからの粋なラブレターだったんだな。良かったな、雄太」
「はい……」
答えた雄太の声が震える。そして、目を閉じて花束をそっと抱き締める。
(この花束の意味が梅野さんの言う意味と違っていたとしても、市村さんは俺が新人最多勝獲ったのを知ってくれたんですね……。お祝いしたいって思ってくれたんですね……。ありがとう……。ありがとう……市村さん……)
花に全く興味のない雄太は、バラとカサブランカの香りが、こんなにも良い香りだとは思わなかった。
(今は付き合う事は出来ないと思ってても、もし春香ちゃんが親の事を乗り越えた時、雄太の一番の理解者になるだろうし、一番の心の支えになるだろうな。俺の勘だけど)
花束を抱き締めた雄太を、鈴掛はジッと見詰めていた。
(市村さん、自分から一歩踏み出したんだなぁ〜。半歩かなぁ〜? メッセージカードにも伝票にも名前書いてなかったしねぇ〜。勇気が要っただろうなぁ……。その勇気、雄太に伝わったよぉ〜。良かったね、市村さん〜)
鈴掛も梅野も、お互いを大切に思いながらも手を取れずにいる不器用な二人の未来を思う。
過去を気にしない人間も居るだろうけれど、春香の現在の状況はお世辞にも良いとは言えない。それを知ってもなお、春香を想う雄太。ひっそりと……しかし、強く想う春香。
真っ赤なバラも豪華なカサブランカも春香のイメージではない。花だけを見れば最多勝の祝いと言うより、誕生日やプロポーズのようにも思える。花屋に相談したとしたら、このような花束にはならないだろう。無難な胡蝶蘭などになっていたはずだった。
「すみません。とりあえず花を家に置いて来ます」
雄太は、涙を見られたくないのもあって家に戻った。
(言葉に出来ないから花束に込めて……かぁ〜。けど、俺が居なかったら雄太には通じてなかったよぉ〜? もしかしたら通じなくても良いって、市村さんは思ってたのかもなぁ〜)
梅野は、そう思って少し笑った。




