第5章 伝えたい想いと重なる想い 113話
鬱陶しい梅雨を過ぎ、真夏の暑さにウンザリし、残暑が厳しい9月に入った月曜日の朝。春香は、早目に店に入りムッとする空気を冷やしておく為にエアコンを点けた。
(梅雨程ではないけど、今日は蒸し暑いなぁ……)
それなりに広い店内を冷やすには時間が掛かる。汗臭い体で施術をするのは失礼だと思うから、従業員達が来る前に店内を冷やしていた。そんな春香の気遣いを他の従業員達は知らないで、相変わらず陰口を叩いていた。
(誰に何を言われたって構わない……。あんな程度で私は傷付きはしない……)
冷えた空気が逃げないように、素早く店外に出てポストから各種新聞を回収する。スポーツ紙をホルダーにセットした時ある記事が目にとまった。
『鷹羽雄太 関西新人最多勝樹立』
(これって凄い事なんじゃ……)
ドキドキと胸が高鳴る。
(雄太くん……頑張ってる……。凄いね……。嬉しいな……)
会う事も話す事もなくなっても、春香の想いは変わらず、いつも心の中に雄太が居た。そして、誰にも知られないからと名前で呼んでいた。
油断をすれば涙が溢れるくらいに、雄太の声を……姿を求めていた。会いたいと願ってはいけないと思いながらも、偶然で良いから、姿を見るだけでも良いからと思い続けていた。
(お祝いしたいな……。迷惑……かな?)
迷いながら開店作業を終えた春香は、他の従業員達が持ち場に着いたのを確認して、通用口から外に出た。
(ん……。お祝いだとしたら、やっぱりカサブランカかなぁ……)
男性である雄太が花をもらって喜ぶとは思えなかったが
(私の気持ちだから……)
と、他の花も選び花束にしてもらった。
「これ、今日中に配達出来ますか?」
春香は、メモして来た雄太の住所を見せながら訊いた。
「大丈夫ですよ。今からなら、お昼前には届けられます。メッセージカードは、どうされますか? 印刷のもありますが、手書きのカードも喜ばれますよ」
店員が示した方にはミニテーブルがあり、カラフルなマジックやカードが置いてあった。
(メッセージ……)
少し迷ったが、春香はテーブルに向かいメッセージカードを書いた。
✤✤✤
12時少し前
鈴掛、梅野、純也は、雄太の自宅前に居た。ジャンケンをして負けた梅野の奢りで、雄太のお祝いをしようと言う事で迎えに来ていたのだった。
「ジャンケンとは言え鈴掛さんに負けるとはぁ〜」
「ジャンケンでも、梅野に勝つのは気持ちが良いぞぉ〜」
いつものじゃれ合いをしていると、玄関から雄太が出て来た。少し疲れたような表情をしているのは、各所からのお祝いの対応をしていたからだろう。
「すみません。お待たせして」
その時、自宅前の坂道を一台の車が登って来た。
「雄太。あれ草津の駅前の花屋の車だぞ。また祝いの花だろ」
見覚えのある花屋の名前が車体にあるのを見た鈴掛が雄太に言った。雄太にすれば、最多勝を獲れたのは嬉しいが花をもらっても嬉しくはなかった。
(花もらってもなぁ……)
花屋が車を停め
「鷹羽雄太様にお届けです」
と声を掛けて来た。
雄太は差し出された伝票に受け取りのサインをして配達員に渡し、荷台からおろされた大きな花束を受け取った。
「デケェ花束だな」
「カサブランカとバラとカスミ草だねぇ〜」
純也は大きな花束に目を丸くし、梅野が花の種類を教えてくれたが、雄太には花の名前は分からずにいた。
(カサブランカ? ユリじゃなくて?)
鈴掛が花束の中を覗いて
「雄太。メッセージカード入ってるぞ」
と指差した。
(メッセージカードなんて、どうせ印刷した物だ……え?)
雄太は、慌ててメッセージカードを花束から引き抜いた。




