111話
幼い頃から春香には友人と呼べる人間はいなかった。祖母は可愛がってくれていたが、それ故に春香はお手伝いをして、同級生達や近所の子供達と遊ぶ事はなかった為、友人は出来なかった。
東雲マッサージ店には複数人従業員は居るが、春香が若くして高給である事から妬み僻みの感情を持つ者もおり、付き合うと心が疲れると言う事で接触を避けていた。
その辺の事情は知っている梅野は
「あぁ〜。成る程ねぇ〜。うん。それ、良いねぇ~」
と笑った。
「分かってもらえます? 毎年じゃなくても、たまには形に残る物を贈りたいんですよね。それを見たら、もらった時の事を思い出してもらえるでしょう?」
「そうだねぇ〜。良い思い出になると思うよぉ〜」
梅野は楽しそうに笑った。梅野が雄太と仲が良い事は春香も知っている。梅野は自分と会う事で、春香が雄太を思い出して辛くなったりはしないかと、ずっと気にしていたのだった。
(俺の気にし過ぎだったかなぁ〜? 市村さん、プライベートと仕事はキッチリ分けるタイプだっての忘れてたよなぁ〜。十五歳からプロなんだもんなぁ〜。社会人としては、俺より先輩なんだしぃ〜)
「そうだねぇ〜。直樹先生なら良い万年筆とかどうぉ〜? 腕時計は良いのしてるしさぁ〜」
「万年筆、良いかも知れないですね。直樹先生、書き物する時は万年筆使ってますし」
梅野は、直樹がそれなりに高い高級な腕時計をしているのを覚えていた。初めて東雲を訪れた時に、それを見て憧れた。更に、その腕時計が里美から贈られた物だと聞いて、仲の良い夫婦にも憧れた。
「そう言えば、梅野さんのあのネックレスって、初めて東雲に来た時からしてましたよね?」
春香は、デスクに置いてあるトレーに乗せてある梅野のネックレスと腕時計を見た。
「ん〜? ああ、あれねぇ〜。あれは、ドッグタグって奴だよぉ〜。クロムハーツってブランドのでね、初勝利の記念に奮発して買ったんだけど、直樹先生にはちょっと派手かもよぉ〜?」
「確かにそうですね。アクセサリーはないかな?」
「だよねぇ〜」
直樹は三十七歳。春香が娘だと知ると若干驚かれはするが、実年齢を言っても童顔の春香が年齢を言わず黙っていると
「早くに結婚し、子供を授かった」
と思われていた。
「直樹先生には、ドッグタグのネックレスは派手かも知れないけど、シンプルなドッグタグのキーホルダーなら、里美先生とペアなら良いんじゃないかなぁ〜? 結婚記念日とか、さぁ〜」
「結婚記念日のプレゼントなら良いかも知れないですね。誕生石付きとか」
「それ、良いよぉ〜。NAOKI、SATOMIってネームを刻印してもらえば、直樹先生も絶対使ってくれると思うよぉ〜」
「はい。そうします」
里美にベタ惚れの直樹。里美が使うと言えばペアの物でも使うのは確実だと春香は思った。
(今回の相談とは少し違ってたけど、結婚記念日のプレゼントは決まったなぁ〜。梅野さんに相談して良かった)
「こんなので参考になったぁ〜? 大丈夫ぅ〜?」
「はい。ありがとうございます。じゃあ、ここからはサービスです。足ツボやっちゃいますか?」
「え゙……。イヤ……足ツボは……うん〜。遠慮しておこう……かなぁ〜」
✤✤✤
マッサージが終わり、身支度を整えた梅野はチラチラと春香を見た。
(雄太の事はちっとも口にしなかったよなぁ……。やっぱり親の事は、市村さんの最大のブレーキだよなぁ〜)
自分も親とは疎遠になってしまっているから、あまり良いアドバイスは出来ない梅野は、フゥと溜め息を吐いた。
(俺は、親が犯罪を犯したりしてないだけ幸せかも知れないよなぁ……。ロクでもない親を持つ市村さんが俺が疎遠にしてる理由を知ったら、説教されそうだもんなぁ〜。仕方ない〜。たまには電話……は喧嘩になりそうだし、手紙でも書くかぁ……)




