110話
「俺も迷ったよ。鷹羽くんは、まだ子供だ。春も、ずっと時が止まってたようなものだから子供のままだ。そんな子供同士が上手く行くとは思えなくてね……」
「それは……そうだけど……」
里美は震える声で呟いた。
「俺は鷹羽くんを試したんだ。春の悲しみや抱えてる大きな物を受け止められないなら、必要以上に関わって欲しくないと……。春を振り回して、傷付けて欲しくないと……。俺は卑怯者だよ。子供に重くて辛い選択を迫った。話した事で鷹羽くんが春から離れて行ったとしたら、俺は春も傷付けた事になる。二人から恨まれても、俺は話さずにはいられなかったんだ」
「それが……直樹の養父としての決断だったのね……」
里美は溢れた涙を指で拭った。
「春香が、普通に育って来た子だったら、こんなに悩んだかしら……。恋した相手が鷹羽くんじゃなかったとしても……。私には分からないけれど、想像しか出来ないけれど、私は春香に幸せになって欲しいのよ」
春香を養女として迎えて数年。いつの間にか本当の親子のようになって来ていた。ただ、二人は春香の恋愛に関して想像していなかったに等しい。
「心の成長って計り知れなかったな」
「そうね」
二人は、どんな状況であっても幸せであって欲しいと思わずにはいられなかった。
✤✤✤
「おはようぉ〜、市村さん〜」
「おはようございます、梅野さん」
春香からの逆指名を受け、梅野はVIPルームに顔を出した。
(俺、何で市村さんに呼ばれたんだろなぁ〜? もしかして雄太の事を訊きたい……とかぁ〜? でも、雄太は何度もフラれてんだよなぁ〜? しかも、あの親の話が解決するとは思えないし、市村さんは雄太と……ってか、恋人を作るとか自体考えてなさそうなのに、わざわざ雄太の事を訊きたがるとは思えないんだよなぁ〜)
そんな事を思いながら、VIPルームの隅のカーテンで仕切られた脱衣スペースで服を脱いだ。梅野も一見痩せ型に見えるが、騎手らしくキッチリと筋肉がついていて引き締まった体をしている。
(ま、良いっかぁ〜。通常料金どころか一般料金で、市村さんにマッサージしてもらえるんならラッキーだしなぁ〜)
デビュー直後の落馬の時以来、腰痛等で何度も春香の施術を受けていて、神の手だけでなくマッサージの腕も高く買っていた。VIPルームの隅に置かれている本棚に置いてある本を見ても、マッサージや整体やツボに関する物がたくさんあり、普段から春香が勉強熱心であるのも知っていた。
(そう言えば、市村さんって恋愛経験ゼロで、ファーストキスどころか、男の裸を仕事以外で見た事ないんだよなぁ……? なのに顔色一つ変えないんだし、やっぱプロだよなぁ〜)
梅野はパンイチになるとカーテンを開け、バスタオルを掛けられた施術用ベッドにうつ伏せで横たわった。
「全身コースですよね」
「頼むねぇ〜」
「はい。始めますね」
ゆっくりだが、しっかりと筋肉が解れて行き、疲労感が薄れて行くのを梅野は感じていた。
(やっぱり違うよなぁ〜。何がって言うのは分からないけどぉ〜。経験値ぃ〜? 天性の勘〜? こう言うの天職って言うのかなぁ〜)
「あ、俺に何か用があったんじゃないのぉ〜? 気持ち良過ぎて忘れるところだったよぉ〜」
ウトウトしかけていた梅野が思い出して話しかけた。
「あ、相談って言うか訊きたい事があったんです。実は、まだ少し先なんですけど直樹先生の誕生日のプレゼントを悩んでいて」
「直樹先生のぉ〜?」
想定外の相談に梅野は少し驚いた。
「ええ。毎年、何が良いか訊いても手料理が良いって言われてて。でも、私も大人だし、それなりに収入を得られてますから、一度くらい形が残る物を贈りたいなって思ったんですけど何を贈れば良いか分からなくて。相談出来る人が居なくて困ってたんです」




