105話
(球団……。そりゃ、男ばっかりだよな……)
男である雄太から見ても野球選手は背が高くてガタイが良いと思う。身長が150cmもない春香から見れば大男ばかりに思えるだろう。
(上手くやって行く以前に、単純に怖いだろうな……)
雄太が、そんな想像をしていると鈴掛が苦々しい表情をする。
(鈴掛さん……?)
「春香ちゃんの客の大半が男だ。だが、店には直樹先生や里美先生がいてくれて、何かあった時は助けてくれる。専属となれば……考えたくもないが、春香ちゃんに良からぬ事をする奴が居てもおかしくない。全員が絶対にそう言う奴等だとは言わないが、万が一の事がないとは言い切れないんだよ……。もし、そんな事があったら誰も春香ちゃんを助けられないんだ……。隠ぺいされたら事件にもならない……」
(え? ……あっ‼)
鈴掛が何を言いたいのか分かった雄太は、ゾッとして全身に鳥肌が立った。
(もし……もし市村さんが、そんな酷い目にあったら……俺は……)
体の小さな春香が、男に襲われたら敵わないだろう。しかも、それが一人ではなく複数人となったら……。
雄太は全身が冷えているのに、ジンワリと冷や汗が噴き出しているのが分かった。
「なぁ、雄太」
「はい」
少し沈黙が続いた後、鈴掛が強ばった声で雄太の名前を呼んだ。雄太が鈴掛を見ると、今までに見た事がないぐらいに真剣な顔をした鈴掛がいた。
「お前、春香ちゃんの事マジなんだよな?」
「真剣に想ってます」
「将来は?」
「将来……ですか?」
鈴掛が何を言おうとしているのか分からなくて、雄太は黙り込んだ。
「悪い、言葉足らずだったな。お前が春香ちゃんと付き合えたとして、春香ちゃんとの将来……つまり、結婚とか考えた事はあるのかって言いたかったんだ」
正直、十八歳になったばかりの雄太は『結婚』と言われてもピンと来なかった。女の子ならば結婚を夢見る事もあるだろうが、男の雄太……しかも、しばらくの間、恋愛から遠ざかっていた事もあり『いつか』程度にしか思ってなかった。
しかし、専属の話と春香との将来の話がどう繋がるのかが分からない。
(えっと……市村さんが専属になる……。それは危険をはらんでるかも知れない……。専属が市村さんの幸せに繋がるのか……? 市村さんの幸せって何だろう……? 愛する人と結婚する事……? けど、市村さんは、一生結婚なんて出来ないって言ってた……。それは……)
雄太なりに必死に考えた。
「……もしかして市村さんの親の話……ですか?」
「そうだ。その親から手紙が来たんだってさ。今、ブチ込まれてる牢屋から。春香ちゃん、それを読みもしないでシュレッダーにかけたんだってよ。『私の将来に影を落とす人は要りません』って、東雲夫妻に言ったんだと」
鈴掛は、そう言うとアイスコーヒーのグラスを揺らした。カラカラと氷の音が静かな室内に響く。
「里美先生がな……春香ちゃんが将来と言う言葉を口にしたのは嬉しいが、もしかして専属の話を迷ってる理由が、東雲に居る事で自分達に迷惑をかけているから出て行こうとしてるからじゃないかって心配しててな……。俺もさ、何となくだけどそんな気がして来てよ……。春香ちゃんなら、自分を救ってくれた東雲夫妻の為なら、出て行くって選択すんじゃねぇかなって……」
鈴掛は、そう言ってアイスコーヒーを一口飲むとテーブルにグラスを置いてフゥと息を吐いた。
「市村さんは、自分の事より人の事なんですね……」
鈴掛が置いたグラスの表面を水滴がスゥーと伝い落ちる。それを黙って見ていた雄太は、サインをしたあの日に見た春香の涙を思い出した。




