104話
季節はゆっくりと過ぎて行き、5月にも雄太は複数勝鞍を上げていて、春香はその度に宝物入れからサイン色紙を取り出しては抱き締めていた。
(おめでとう、鷹羽さん……。怪我なく頑張ってください……。応援してます……)
✤✤✤
そして、更に季節は進み、まだ梅雨入り前だと言うのにジメジメした週明けの月曜日の午後2時過ぎ。
『雄太、これから何か予定あるか?』
予定もなくゴロゴロしていた雄太に鈴掛から電話が来て唐突にそう言った。
(鈴掛さん、今日は東雲に行くって言ってたよな。その後、調教師達と食事に行くんだって言ってたのに、何で俺の予定を訊くんだろ? あ……もう食事終わったのかな?)
「予定はないです。家でゴロゴロしてました」
雄太が、そう答えると鈴掛は
『そうか。なら、これから行くから』
と言って返事も聞かずに電話を切った。
「ちょっ⁉」
(いくら長電話が出来ないからって 切り方が一方的だよ…… 。俺、何か怒られるような事したっけ? 一昨日は、6番人気で一着になったのを褒めてくれたのに…… 。もしかして市村さんの事……とか?)
今朝も一昨日勝った報告の手紙を店のポストに入れて来た。
(まさか……俺、ガチで嫌がられたっ⁉)
雄太は受話器を持った手だけでなく、全身からサァーっと血の気が引くのを感じた。
✤✤✤
数十分後、鈴掛は雄太の自宅に到着した。
出迎えた理保に挨拶をして、スタスタと雄太の自室に向かいドアを開けると、雄太は落ち着きなくウロウロと室内を歩き回っていた。
「お前、何してんだよ? もしかして春香ちゃんから聞いた……とかか?」
「鈴掛さんっ‼ 俺、もう駄目なんですかっ⁉」
部屋に鈴掛が入って来たのに気付いた雄太は、ダッシュで駆け寄り詰め寄った。
「へ? 駄目って……? ああ、違うから。とりあえず落ち着け」
「違う……んですか……?」
体の力が抜けた雄太は、ペタンと座り込み、その前に鈴掛はあぐらをかいて座った。
「お前の春香ちゃんへのラブレター攻撃の話は聞いた。今回は、その話じゃない」
「ラブレター攻撃って……」
正面切って言われると、さすがに恥ずかしくなり顔が赤くなった雄太だった。
✤✤✤
「あのな、春香ちゃんにプロの球団から専属の話が来たんだってよ」
鈴掛は、理保が持って来てくれたアイスコーヒーを一口飲んで話を切り出した。
「専属って、あの親が持って来た話じゃなくて、球団から直々にって事ですか……?」
「そう。今回は球団側の人間が東雲に来て、春香ちゃんに申し出たんだってよ」
鈴掛は、そう言って溜め息を吐いた。鈴掛の様子からして自分にとって好ましくない状況ではないかと思い、ドキドキと雄太の鼓動が早まった。
「市村さんは何て……? もしかして行きたい……とか……ですか……?」
鈴掛は難しい顔をして、アイスコーヒーのグラスを見ている。ほんの数秒だったが、雄太には酷く長い沈黙に思えた。
「迷ってる……って言ってた」
「迷って……?」
雄太の脳裏に何度も何度も春香の笑顔が浮かぶ。
専属になる。
東雲から居なくなる。
つまりは、偶然でも会えなくなる。
「あの子の性格上、困ってる人は放っておけない。余程の悪人は別としてな。あの子が警戒心の塊だって梅野が言ってたの覚えてるか?」
「はい、覚えてます。直樹先生から言われたんですよね?」
雄太の答えに鈴掛が深く頷く。
「そう。春香ちゃんな、困ってる人は助けたいけど初対面の人……特に、男ばっかの所でやってく自信がない……ってさ」




