102話
「良かった。喜んでもらえて」
春香はホッとして、桜を見上げた。
(良かった……。私、笑って鷹羽さんと話せてる……。会いたくて……話したくて、何度も胸が苦しくなったりしたけど……。今日、会えて良かった……)
風が吹くたびにヒラヒラと花弁が舞い、玉砂利を薄ピンクに染めていく。
(桜が、いつもより綺麗に見える……。鷹羽さんと一緒だから……よね。 嬉しいな)
そう思うと自然と笑顔になる。
そんな春香をチラチラ見ながら、雄太はモグモグと弁当を食べ進めた。
(本当、可愛いなぁ……。市村さんはやっぱり笑ってるのが一番だ)
そして、ふと気付いた。
(あれ? 会えたのが嬉しくて、今まで気付かなかったけど、市村さん私服だ……。何で?)
東雲は盆正月以外は定休日はない。春香の休みは、体調を崩した時以外は客の少ない水曜日を休みにしているのが多いと鈴掛が言っていたはず。
(月曜日なのに休みって……。もしかして、俺と会う為に月曜日を休みにしたままにしてくれてる……のか……?)
今日は、コートが要らないくらいにポカポカしていて、春香はフワッとしたオフホワイトのブラウスの上に水色のカーディガンを着て、黒い細身のジーンズをはいていた。シンプルで飾らないスタイルが春香らしいと雄太は思った。
カーディガンに合わせた水色のレースのリボンが風に揺れている。
(市村さんらしい私服だな。女の子女の子してないのに可愛く見えるのは、 やっぱ、俺が市村さんを好きだから……なんだろうな)
そう思っている内に、小さな弁当は食べ終わってしまった。
(もっと食べたかった……)
いつまでも空になった弁当箱を見ていても仕方ないと思い、春香に弁当箱と箸を差し出した。
「本当に、どれも美味しかったです。ありがとうございました」
「お口に合って良かったです」
春香は弁当箱と箸を受け取り蓋を閉め箸を箸箱に入れ、脇に置いていたキンチャク袋にしまった。
「ありがとう、市村さん。今日は会えて話せた上に、美味しい弁当食べさせてもらって嬉しかったです」
「私もです。まさか会えると思ってなかったですし、一緒に桜を見られて嬉しかったです」
そう言って春香はニッコリと笑った。
(ああ……。この笑顔をいつも見ていたいな……。美味い弁当持って一緒に出かけたり出来たら良いのに……)
いつの間にか大きくなった春香の存在。会いたくて会いたくて、何度も偶然会える事を願っていた春香の笑顔が間近にある。
(俺、やっぱり 市村さんが好きだ……。過去も現在も含めて、市村さんが……好きだ……)
そんな気持ちから
「こんな美味い料理が作れるなんて、市村さんは良いお嫁さんになれますね」
と、つい本音が溢れてしまった。
その瞬間、春香の顔からスーっと笑顔が消えた。
(しまったっ‼)
そう思ったが遅かった。
「私は、一生結婚なんて出来ませんから……」
春香は泣き笑いのような表情を浮かべると、ペコリと頭を下げキンチャク袋を抱き締め走り去った。
(家族の話やそれを思わせるような話はしない方が良いって思ってたのに。俺は……俺は大バカ野郎だ……。せっかく会えたのに……。せっかく笑ってくれてたのに……。ゴメン、市村さん……)
雄太は重い足取りでトレセンまで戻り、独身寮の梅野の部屋に駆け込んだ。
「梅野さん…。飯、奢ってください……」
梅野は、この世の終わりのような顔をした雄太から連敗を悟り、肩をポンと叩き
「ドンマイ」
と、呟いた。




