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友情ビッグバン

「ルシル様、このお話、お好きでしたよね? 実はわたしも好きなんです」


 アルはルシルが好きなロマンス小説を掲げる。


「あ、お茶のおかわりはいかがですか?」


 ちょうどルシルのカップが空になりそうなタイミングを見逃さず、彼女のカップに自らハーブティーを注ぐ。


「これも召し上がりませんか? 最近ハマっているんです」


 そう言って差し出すのは、ルシルがいつ行っても売り切れで、半ば入手を諦めていた人気洋菓子店の焼き菓子。


 アルの自宅に入ってしまったものの、警戒を解かずにいたルシルであったが、至れり尽くせりな時間を過ごし、彼女の気持ちには変化が起こりつつあった。


(えっ。私、この子好きかも!?)


 何故かアルはルシルの好みを把握していて、ルシルの好きなものばかりを出してくれるし、好きなロマンス小説が同じなど、趣味も合う。

 それに、細かい気遣いもでき、ルシルの変化にはいち早く気づく。

 チーズケーキに手が当たってしまい、けれど、それをアルに気づかれないように自身のドレスに擦り付けるというとても令嬢とは思えない行動をしようとしていた時、実行に移す前に異変に気づいたアルが、丁寧に自身のハンカチでそれを拭った。


 そんなアルの行動を見ているうちに、ルシルは、彼女が自分のことを排除しようとしているだなんて考えてしまったのは勘違いなのではと思い始めた。

 そして、そんな考えが浮かんだ時、アルが放った言葉が、警戒を解く決定打となった。


「わたし、ずっとルシル様に憧れていたんです」


 ポツリとアルが言う。


「それに、信じてもらえないかもしれませんが、本当はわたし、ローラルド様のことが好きなわけではないのです」


 数時間前までのルシルなら、その言葉を信じようとはしなかっただろうし、疑問があっても、できるだけ彼女と会話をしたくないという気持ちから、問いかけることはしなかっただろう。

 けれど、この短時間で見事にアルに懐柔されてしまったルシルは、それが本当なら、自分が婚約破棄をされたあの夜、どうして嘘の罪を着せたり、公衆の面前で糾弾する流れをつくったのかと質問した。


「あなたを傷つけてしまったことは、ごめんなさい。そうするしか良い方法が思いつかなくて……。ですが、もう悲しい出来事は起こさせない、そう誓います」


 アルは質問の答えをぼかした。しかし、彼女の次の行動に目を奪われたルシルは、そのことに気づくことはなかった。

 制服のスカートが汚れることも厭わず、アルはルシルに対して跪き、ルシルの左手を両手でそっと包み込んだ。

 普通の女の子であるはずなのに、騎士のような所作をするアルに、ルシルは一瞬見とれてしまった。

 そして。


「一度だけ、信じるわ」


 初めて自分からアルの瞳を見つめ、静かにそう言ったのだ。





「アル、一緒に帰りましょう?」


 アルの自宅でのお茶会の翌日。

 放課後、アルの教室の入り口で、ルシルは廊下から声をかけた。

 その途端、教室内も廊下もざわつき、あちこちからヒソヒソと話し声が聞こえてきた。


「あれって、サフィレット様よね……? なんでアルさんを迎えに来てるの?」


「アルさんにローラルド様を取られて、頭おかしくなっちゃったんじゃない?」


「怖いわ。アルさんに何かするつもりなのかしら?」


 まわりの視線も噂話も、ルシルはもう何も怖くなかった。

 教室の奥から、パタパタと騒がしい足音を立てて走ってきたアルは、ルシルの前まで辿り着いてすぐに破顔した。


「えっ! 本当にルシルだ! えーっ!? ……じゃなくて。迎えに来てくれたんですか? 嬉しいです!」


 まるで子犬のようである。

 にこにこと嬉しそうにしているアルを見て、ルシルはそう思った。


 昨日、ふたりの関係は変化した。

 元婚約者の浮気相手から友人へ。それは、大きな変化であった。

 お互いのことを敬称を付けずに呼ぶようになり、今まで友人がいても様付けでしか呼ばれたことのなかったルシルは、ほんのりと温かい気持ちになった。


 今まで、第二王子の婚約者という立場から、ルシルを通して王家とお近づきになりたいと、そう企む者が多かった。この学園内でもそうだった。

 けれど、心から友人と呼べる者は一人もいなかったのだと、婚約破棄をされた途端に挨拶をしても無視してくるようになったクラスメイトを見て、ルシルは悟った。


 出会いは最悪なものだったが、ルシルの不利になるようなことは今後はしないと誓ったアルを、ルシルは信じてみたいと思った。

 自分に嫌がらせをしたなどと、無実の罪を着せたことに対しても、事情があってしたことではあるが悪かったと思っている、今後必ず汚名をそそぐとアルは告げた。

 主に第二王子にではあるが、婚約破棄されたあの夜、深く傷ついたことは恐らく今後、一生忘れることはできないだろう。

 だんだんと記憶が薄れていっても、ふとした瞬間、トリガーとなるものがあれば、何年経ってもあの夜のことを思い出すのだと思う。

 そう思っていても、それでも、アルの瞳はまっすぐで、嘘のないものに見えたから。だから。


(これが何かの罠で、騙されていたのだとしても、それは私の見る目がなかったということだわ)


 騙すことも騙されることも苦手だ。

 そのようなことには、できる限り関わりたくない。

 だから、もう、腹の探り合いはやめよう。

 今はただ、新しくできた友人と、のんびり平和に過ごしたい。ルシルの望みはそれだけだった。


「アル、今日は何をして過ごしましょうか?」


 自分の隣を歩く銀髪の少女に声をかける。その声は柔らかく、緊張は感じられない。


「えっ! どうしよう!? ルシルといられたら何でも……。あ、待って待って、ちょっと考えてもいいですか!?」


 自分にだけ向けられた、ルシルのチョコレート色の瞳に、思わず歓喜で取り乱すアル。

 そんな彼女を、ルシルは微笑ましそうに見つめた。


(アルって、結構砕けた話し方もするのね)


 楽しそうにいくつも放課後の予定を考えて、頭を悩ませ続けるアルを横目に、ルシルはそんなことをぼんやりと思った。

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