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後日談 絶対溺愛宣言(前編)

「……ルシルに男として意識されてない気がするんだ」


 深夜。王城にて。

 兄達の手が空きそうな頃を見計らって、アルは相談したいことがあると声をかけた。

 普段、自分達に相談などせずに、全て自分で決めて突っ走るタイプにいつからかなっていた弟から出た【相談】というワードに、第一王子と第二王子は顔を見合わせた。

 自分達に相談してくるなど、余程の何かがあったのだろうと思い、その日の夜、会議室に集まることになったのだが。


「自業自得だろう」


 長兄の言葉に、『だよねー』と次兄が続ける。


「今までずっと女の格好をしておきながら、今更男としてどうのなどと、都合が良いとは思わないか?」


 どんな大問題が起こったのかと思えば、たいしたことのないただの恋愛相談だったことに、長兄は呆れたようにため息をついた。


「あ、実は今も家では女の子の格好してるんだ」


「は?」


 長兄の発言に返答したかと思いきや、変なところを訂正してきた弟に、長兄と次兄は信じられないものを見るかのような眼差しを向ける。


「え? マジで言ってる? ルシル嬢はそれでいいって言ってるの?」


 結婚後、弟が外でドレスを着ているところを見なくなったため、ドレスを着たいという想いはもう無くなったのかと思っていたが、そうではなかったことに驚愕した次兄が訝しげに尋ねると、アルは何故か嬉しそうに笑う。


「むしろ、ルシルが俺のドレス作ってくれてる」


「えっ」


「あんまり器用じゃないんだけどね。俺の! ために! 頑張って手作りしてくれる姿が愛なんですよ」


「へぇ……。ルシル嬢って、やっぱ変わってる部類の人間だったんだね」


 『普通の子だと思ってたのに』と、次兄は義妹となった少女の顔を思い浮かべた。


「はぁ? 俺のお嫁さんの侮辱はやめてくださいー」


 自分には関係がない話だと判断したのか、長兄はため息をつき、席を立つ。


「……おい。話はもう終わりで良いか? 明日も早いんだ」


「え! いやいやいや、待って! まだ話は始まったばかりだよ! 序章だよ!?」


「服を掴むな! 伸びる!」


 扉へと向かおうとする長兄の上着の裾を掴み、アルは彼の退室を妨げた。


「お先ー」


 ふたりが攻防をしている間に、今のうちにと、次兄は部屋を抜け出す。


「真面目に考えて! どうしたらルシルが男の俺にときめくかを! このままじゃ、ルシルが女の姿の俺にしか興奮しない特殊性癖の持ち主になっちゃうよ!」


「知らん! 気色の悪い話はやめろ!」


 必死に部屋から脱出しようとする長兄。それを止めようと彼の服を引っ張るアル。

 この国の王子達がそんなことをしているとは国民の誰もが知らないまま、夜は更けていくのだった。





 先程から、ちらちらと視線を感じる。

 見られているのは自分ではなく、隣に立つ夫であることにルシルは気づいていた。


 一緒に劇場に行こうとアルに誘われてから数日が経ち、ついにそのデートの日がやってきた。

 彼と一緒にいられることは嬉しい。場所がどこであっても、一緒に出かけられることが嬉しい。

 心ではそう思うのだが、彼と結婚し、彼が家以外では男性の衣装しか身に纏わなくなってから、ルシルは素直に彼との外出を喜べなくなっていた。


(……また見られているわね)


 夫に向けられた視線の先を辿ると、そこには数人の若い女性がいて、格好良いだのなんだのと囁きあっている。

 それを見て、ルシルは腹立たしい気持ちになった。


(女の子の時のアルのことはおかしいとか言っておきながら、男性の格好をするようになった途端にこれだなんて、都合が良すぎない!?)


 今ここにいる女性が女の姿の時のアルのことをどう思っていたかは分からないのにも関わらず、ルシルは不機嫌になる。

 だが、きっと、少女の姿の時のアルに、恋愛感情は抱いていなかっただろうとルシルは思う。

 否、そう思いたかった。

 そうでなければ、少女の姿をしている彼のことも愛しているのが自分だけでなければ、彼の特別でい続けることができない気がしたから。

 今は、お姫様な彼も、王子様な彼も、どちらも自分の手の中にある。


(それは、いつまで?)


 女性の姿をしている時の彼を肯定する人物がいたとして、その人の方が素敵な人だったら、アルはその人を愛するのかもしれない。

 そう考えて、すぐに否定する。

 どこか執着を宿した瞳でルシルのことだけをまっすぐに見つめる彼が自分にだけ愛を捧げてくれていることはルシルも分かっていたし、彼が自分のことを好きでいてくれていることも、その想いが簡単に揺らぐものではないことも頭の中では分かっていた。

 けれど、最近、男性の姿をしている彼と歩いていて、彼を見つめる熱い視線を感じた時。どうしても、ルシルは不安になってしまうのだった。

 彼の愛が自分にしか向けられていないと、そう分かっていてもなお、彼を見つめる他の女性に敵意を持ってしまう自分のことを、ルシルはつくづく嫌な女だと思う。


「……えっと、ルシル。ど、どうかした?」


 隣を歩くアルに恐る恐る尋ねられ、ルシルはハッとして顔を上げる。


「何が?」


 そうとぼけてみたが、ショーウインドーに映る自分が怖い顔をしているのが目に入り、ため息をついた。


「もしかして、あんまり合わなかった? 舞台」


「え?」


 ルシルのため息の意味を勘違いしたのか、アルは申し訳なさそうに眉を下げる。

 その言葉に、そういえば、自分達は先程まで、観劇をしていたのだと思い出す。

 ずっと、アルのことを意識している女性達のことを考えていたため、せっかくのデートで、好きなロマンス小説が原作の劇だというのに、舞台の内容は何も頭に入ってこなかった。ルシルはそんな自分が嫌になる。


「ごめんなさい、そういうのじゃないの」


 そうは言いつつも、舞台をまともに見ていなかったため、面白かったと気軽に言うことは憚られて、何か言おうと口を開いては、何も言えなくて閉じるということを繰り返す。


「どこか具合でも……」


「ごめんなさい! ちょっとお手洗いに行ってくるわ!」


「えっ、あ、うん」


 沈黙が怖くて思わず近くに見えた店のお手洗いに逃げ込んでしまってから、これでは具合が悪いと言っているようなものではないかと気づく。

 彼に心配をかけているかもしれない。

 早く戻らなくてはと、そう思うが、洗面台の鏡に映った自分の顔が、とても好きな人とデートをしている時の顔ではなくて、その固い表情に、ルシルはますます落ち込んでしまった。

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