番外編 主役不在の誕生会
【貴方に捧げる赤い薔薇】頃の話
「ようこそお越しくださいました、ルシルの誕生パーティー会場へ」
来客を知らせるベルが鳴り、アルは自ら玄関に向かい扉を開け、そう言った。
「お招きどうもー。……で、そのルシルちゃんはどこよ?」
アルの二番目の兄は、煌びやかに飾り付けられたパーティー会場、もとい、アルが滞在している家のリビングに入りながら自身の弟に問いかける。
「知りませんでしたか? お兄様。誕生日会というのは、主役がいなくても開催できるものなんですよ?」
ふんわりとした笑みを浮かべるアル。綺麗な肩までの髪にドレスを着た、まるで少女のような姿をしている彼を見ていると、自分には妹がいたのかと、次兄はたまに錯覚しそうになる。
「そうなんだー、知りませんでしたー。はい、誕生日プレゼント。ルシル嬢に」
ルシルという人物の誕生日会だと言いながら、その主役のルシルがいなかったことは、これが初めてではない。
いつからだったか次兄はもう忘れてしまったが、気がついた頃にはアルはルシルという同い年の少女に惚れ込んでおり、本人がその場にいないというのに、毎年彼女の生誕を祝っている。
しかし、今年はルシルと接触し、それなりに良い関係を築いていると弟に聞いていたのだが、それでも本人が不在とはどういうことなのか。
そう思いながら、ひとまずルシルのためにと持参した、プレゼントの花束をアルに渡す。
「はい、お預かりします。あ、この花、ルシルが好きな花ベスト10にランクインしてない花だよ。全然分かってない。あと、ルシルのこと名前で呼ぶのやめてください」
「は? 物貰っといて何様ー?」
アルから花束を取り返そうと、次兄は花束を掴む。
「ルシル様ですー」
「お前はルシル嬢じゃないでしょー」
しばらくリビングで花束を引っ張り合っていたふたりだったが、均衡を保てなくなったのか、花束は宙を舞い、床に落ちた。
「あ」
ふたりの声が重なり、気まずい沈黙が流れる。
「……ごめん。こういうところがルシルに嫌われるんだよね。俺はこの世で一番最低な人間です。生きててすみません。……来てくれてありがとう兄さん」
「情緒不安定すぎてびっくりなんだけど」
次兄は落ちた花束を拾い、戸棚から花瓶を取り出し、それに生けた。
リビングの中央にあるテーブルに視線を移すと、お誕生日席にルシルという少女の肖像画が置かれているのを見つける。
そういえば、弟は毎年、エーデルシュタイン国で画家にルシルの特徴を伝えて、肖像画を描いてもらっていたことを思い出す。
そのことにも、本人の代わりに絵を誕生席に座らせていることにも、これが自分の弟かと複雑な気持ちになった次兄だったが、それには触れずにテーブルの真ん中に花瓶を置いた。
そうすると、ルシルの肖像画がなんだか遺影みたいに見えて僅かに気まずくなったが、そんな気持ちは隠して弟に明るく話す。
「そんなことより、早くパーティー始めてよ? オレも時間ないんだからさー」
「そ、そうだね! そうします」
本人がいない場所で誕生日を祝う意味が分からないと言う長兄とは違い、次兄は楽しければ何でも良いという性格なため、予定が合えば、ルシルがいない誕生日会に参加している。
いつもふらふらと色んな女性と遊んでいる次兄。しかし、アルが女の格好をしているという衝撃の方が強く、次兄が母に咎められないことに日頃から不満を抱いていたアルではあったが、次兄の人に気遣わせずに場の空気を明るくするところは見習いたいと思っていた。
「じゃん! 今年はチョコにしてみましたー!」
アルは冷蔵庫からホールのチョコレートケーキを取り出し、切り分けて、ひとまずルシルの肖像画を置いた席の前に置く。
「兄さんも座りなよ」
「どうもー」
次兄がテーブルの長辺にある椅子に腰を下ろすと、アルはその向かいの席に座り、次兄と自分の前にケーキを置いた。
アルは毎年、誕生日ケーキを手作りしている。最初はあまり上手とは言えない出来のものを作っていたアルだったが、ルシルの誕生日を祝うたびに、その腕は上がっている。
地味に才能があるんだよな、と思いながら、次兄はケーキを見つめた。
「ルシル、お誕生日おめでとう! 本当は君の家の誕生日会の様子を見に行きたかったけど、俺がいないところで普通に笑ってるルシルを見たら今はちょっと吐きそうなので、ここからお祝いします! おめでとうルシル! ありがとうー!」
ルシルの肖像画に向かって拍手をする弟。その様子を見ていると、我が弟ながら頭は大丈夫かと心配になるが、昔はあまり笑わずにおどおどしていた彼が、楽しそうに自分らしく生きている現在に、これはこれで良いのかもしれないと思い、次兄はケーキに手を伸ばした。




