君しか見えない夜
今回で本編は完結です!
永遠の愛を誓った結婚式の日から、アルは外で女性の格好をすることをやめた。
そんな彼に、彼の母は『ドレスも似合っていたのにもったいない』と言い、男がドレスなんて恥ずかしいと言っていた頃の昔の母の姿と重ならなくて、アルはおかしくなって笑みを漏らした。
第一王子である兄の補佐をする日々を送るアルは、もうドレスを身に纏っておらず、そんな彼の様子を見た人々は、第三王子が女の格好をしている時があるらしいという噂は嘘だったのだと、王子がドレスを着るだなんてことがあるわけがないと笑い話になり、次第にアルがドレスを着ているという噂は人々の記憶から薄れていった。
しかし、彼の妻、ルシル・エーデルシュタインだけは知っていた。
彼は確かに、誰よりも可愛い少女だったと。
そして、ルシルの中では、それは過去の話ではなくて。
*
「おかえりなさい! これ、着てみせて! 絶対アルに似合うと思うの!」
「た、ただいま……。……ありがとう。楽しみー……」
『俺もそう思う! 俺って、可愛いから何でも似合っちゃうよね』と軽口を叩こうとしたが、キラキラと純粋な瞳で見上げてくるルシルに、アルはその言葉を胸の中にしまった。
仕事を終え、ルシルとふたりで暮らしている屋敷に帰ってきたアルは、可愛らしいドレスを抱えた妻が玄関まで走ってきたのを見て、今夜は寝かせてくれないなと思った。
夜に時たま行われる、ふたりだけの屋敷で、ふたりきりのファッションショー。
アルが仕事をしている間、何もしないのは落ち着かないと、ルシルは自身で家事をすることにした。
今まで令嬢として大切にされてきたルシルは、たまに料理はするといっても、掃除や洗濯などは全くの未経験だった。
けれど、エーデルシュタイン家の使用人達に教えを請い、結婚から半年が経った今、完璧とは言えないながらも、自分の力だけで家事をこなすことができるようになった。
これからは自分がこの家を守ると宣言し、最初は屋敷にいた使用人達を城に戻し、ルシルはアルとふたりきりの生活を手に入れたのだった。
そんな彼女は最近、裁縫が上達したようで、街で夫に似合いそうな布を見つけては、彼に似合うドレスを縫っていた。
そのドレスは売り物のように綺麗……とまではいかないが、最愛の人が自分だけのことを想いながら、自分だけのために作ってくれたものだと思うと、アルはどうしても心踊ってしまうのだ。
「ふふっ。やっぱりアルは何を着ても可愛いわね。すごく似合うわ!」
ルシルが作ったドレスを身に纏い、ウィッグを付け、どこから見ても女性にしか見えない姿になったアルは、ソファに座っていた彼女のすぐ隣に腰を下ろす。
楽しそうに笑うルシルに、アルは僅かに複雑な気持ちになった。
自分の前では好きな格好をして良いと、そう言ってくれた彼女。
そんな彼女のことを好きだという気持ちは、日に日に大きくなっていく。
しかし、ひとつ、贅沢な悩みがあった。
アルは、自宅以外ではまわりの男性と同じような格好をするようになったものの、家ではほとんど、ドレスに可愛いらしいセミロングのウィッグという学生時代と変わらない格好で過ごしている状態、つまり、共に過ごす場所がほとんど自宅である妻の前では女性の姿でいることが多かった。
だからなのかは分からないが、妻に男として意識されていないのではと、ふとした時に感じるのだ。
思えば、最近のルシルの口から出るアルへの褒め言葉は『可愛い』がほとんどのパーセンテージを占めている。
それに、よく考えれば、夫にドレスを作る妻というのも聞いたことがないな、とアルは思う。
自分のことを女性のように思っているのか、彼女は抱きついてきたり、手に触れてきたり、気軽にスキンシップをしてくる。
そのことが嬉しくないわけではなかったが、そのたびにアルは、内心複雑な気持ちになってしまうのだった。
「……あのさ、ルシル。今度、休みが取れそうなんだけど……」
「そうなの!? 良かったら、一緒に過ごしたいわ!」
ある思惑を胸に切り出したアルに気づかず、ルシルはパッと明るい笑顔になる。
『良かったら一緒に過ごさない?』と自分が言う前に、同じ言葉をくれる彼女に頬が緩みそうになるのを必死に押さえ、アルは続けた。
「うん、俺も。それで、劇場に行きたいなって思って」
「げき、じょう……」
途端にルシルの顔が曇った。
「あ! いや、君が好きな小説が原作の演劇をしてるみたいで、どうかなって……」
ルシルが視線を落としたのを見た瞬間、アルは何に言い訳をしているのか自分でも分からないまま、慌てて言葉を紡いだ。
「そう……」
膝の上に置いた自身の手をじっと見つめるルシル。表情は暗く、先程までの笑顔はない。どこか落ち込んだように見えるその様子に、アルは彼女にずっと聞きたかったことを問いかけた。
「……やっぱり、俺と外に行くのは嫌?」
「え……」
結婚して以降、ルシルは外でデートをする時、どこか落ち着かない様子だった。
自宅にいる時は、天真爛漫な様子を見せているだけに、その落差をアルが気にしないはずがない。
理由はなんとなく分かっていた。
けれど、聞くのが少し戸惑われ、今まで尋ねることができなかったそれを、ついに彼女に問う。
「男の姿……っていうか、あれが元の姿といえばそうなんだけど。似合わないかな?」
女の子のようにドレスにヒール、可愛らしい髪型にメイクをしていた時は、彼女は外にいる時も自分の隣で笑ってくれていた。
だから、理由があるとすれば、男の時の姿が彼女の好みではないのではないか。
アルはそう推測していたのだが。
「え!? どうして!? それはないわよ! すごく格好良いわ! 似合ってる! ……あれ? 似合ってるっていうのも、おかしいのかしら……?」
「えっ! あ、ありがとう……」
勢いよく顔を上げ、力説するルシルに顔が熱くなるのを感じた。
「でもさ、外で男の格好の俺といる時の君、ちょっと様子が違うなって……」
「あ、そ、それは……」
視線をさ迷わせ、何故か顔を赤くしているルシルを彼が不思議に思っていると、意を決したように彼女が目を合わせてくる。
「……格好良いから、困ってるの。アルと外にいると、すれ違った女の人、みんな貴方のことを見るんだもの。私といる時だけでもいいから、ここに閉じ込めておきたい……なんてことを考えてしまうのよ」
『ごめんなさい、ただの嫉妬だわ』と、ルシルは少し恥ずかしそうに笑った。
彼女が初めて見せた独占欲に、アルは動揺した。
「別に不安に思う必要なんてないよ。俺はずっと、ルシルだけのものだから」
「……うん、知ってる」
そう言って、ルシルは隣に座る彼の肩に、そっと頭を預けた。
「それに、私も貴方のものだわ」
「えっ、【もの】って言われるとなんかドキドキするー」
「貴方が言い出したのよ」
そんなことを言い合って、顔を見合わせて笑う。
静かな夜だった。窓の外には夜空に煌めく星が見える。
ふたりの瞳は美しく広がる夜空は映さず、お互いの姿だけを映していて。
どちらからともなく、そっと顔を近づけた。
ここまでお付き合いしてくださった皆様、本当にありがとうございます!
本編はこれで完結ですが、このあと3話ほど番外編と後日談を載せる予定ですので、もしよろしければ、あと少しお付き合いしていただけるととても嬉しいです!




