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私のお姫様、俺の王子様

 ルシルは姿見の前で自分の姿を確認し、別室で着替えているアルを待っていた。

 けれど、いつまで経っても彼は現れなくて、不思議に思ったルシルは彼の控え室へ向かい、その扉をノックする。


「アル、大丈夫?」


 沈黙が落ち、ルシルは何か問題でもあったのかと焦りを覚えた。


「……大丈夫じゃない」


「えっ、な、何かあったの!?」


 弱々しい彼の声にルシルは狼狽える。扉の向こうからは返事がなく、不安になった彼女は再度声をかける。


「入ってもいいかしら?」


 返事はない。

 ルシルは心の中でゆっくり三秒数え、それでも返事がないことを確認すると、そっと扉を開いた。


「……え」


 部屋に入った瞬間、視界に映った彼の姿に驚く。

 そこにいたのは、ルシルと同じドレスを着た美しい少女ではなかった。

 予想していたものとは全く違う光景に、ルシルは戸惑う。


「えっ! ドレスはどうしたの!?」


「……普通に男の格好してる俺に、そんなことを言うのは君くらいだよ」


 そう言って眉を下げて笑う彼。

 部屋の中にいたのは、ドレス姿の少女ではなく、黒のタキシードを身に纏った男性だった。


「……というか、ルシル可愛すぎー! えっ、こんなに可愛い君が俺のお嫁さんなんだーって思ったら、幸せすぎて無理。吐きそう……」


「やめて。吐くなら式が終わってからにして」


「辛辣ー。でも、そこが好きー」


「ありがとう……って、そうじゃないでしょう! ドレスはどうしたのよ? 何か問題でもあったの? 私のを貸しましょうか?」


 アルに厳しく当たりながらも心配そうな眼差しをしたルシルは、自身のドレスのファスナーに手をかけた。


「えっ! 何で!? やめて!?」


 両手で顔を覆い、アルは彼女から顔を背けた。


「え、どうして? 私のドレスを着たらいいわよ」


「そ、それで君は何を着るの……?」


「さっきまで着ていたウェディングドレスをもう一度着て……あ、でも、貴方はお色直しをするのに、それは駄目なのかしら? そうね、だったら、私がそれを着るわ。脱いで」


 ルシルはビシッと勢いよく、アルが着ているタキシードを指差した。


「何、その発想!? かっこいいーとかちょっと思っちゃったけど、脱ぎませんよ!?」


「どうして? あまりゲストの方をお待たせするのも良くないわ。早くして」


「正論ぽいけど、なんかおかしいよ、それ!」


 タキシード脱がせようとアルのシャツのボタンに手をかけるルシル。

 痴女まがいの行動をする彼女に、アルは必死に抵抗した。


「いいの! 俺はこれで!」


「どうして? 私とお揃いのドレスを着るんだって、あんなに言っていたじゃない」


「着たいか着たくないかっていったら、それは着たいですよ? でも、君との結婚式で、君の隣に立つのに、それはなんか違うかもなーって、思いまして」


「今まで散々ドレスを着ていた人に今更そんなことを言われても困るわ」


「う……。とにかく、なんか、ウェディングハイって奴だったんです、俺は! って、気づいたからやめとくよ」


 彼がお色直しでルシルとお揃いのドレスが着たいと言っていたのは、記憶が正しければ、自分と交際する前だったような気がするとルシルはぼんやり思ったが、突っ込むのはやめた。


「一応王子って立場で、結婚式でお嫁さんとお揃いのドレス! って、絶対色々噂されちゃうでしょ? 悪い意味で。俺一人がなんか言われるのは別に良いんだけど、俺が好き勝手して、おかしいって思われるのは俺だけじゃなくて、君もなんだって思ったら、やっぱり嫌だなって」


「別に気にしなくていいのに。誰に何を言われたって、私は平気だわ。だから、アルは好きな格好をしなさいよ」


「……ありがとう。そう言ってくれるのはすっごく嬉しい! 好きだなーって思う。でも、これからは、俺の行動の責任を君も負うことになる。家族になるんだなって思ったら、もう、充分だなって思ったんだ」


 アルはそっと、自身の両手でルシルの両手を包み込む。

 そう遠くない昔、彼女が逃げないように、強く手を掴んでいた彼はそこにはいなかった。

 彼女はもう逃げないと、自分と向き合ってくれると確信しているからか、その手は壊れ物でも扱うかのように、優しく弱い力でルシルの手に触れている。


「俺は君が認めてくれるなら、他には何もいらないよ。でも、君の隣にいて、君と似合ってるって、まわりの人達に思ってもらえるような男になりたいとも思っているんだ」


「……そう。どんな格好をしていてもアルがアルなのは変わらないって、私はみんなに知ってほしいけれど」


「ありがとう。そうなったら嬉しいなって、俺も思うよ。でも、やっぱりドレスを着た男だと、君の心まで守るのは難しいから」


 それは、静かな決意だった。

 好きな人の隣で好きな格好をする。

 それを、好きな人が認めてくれるのならば、それでいい。他には何も必要ない。

 彼はずっと、そう思っていた。

 けれど、これから、ルシルとアルは家族になるのだ。

 アルの行動でルシルに被害が及ぶこともあり得る。

彼女の隣にいられたら、それだけで充分すぎるくらいに幸せだったから。

 だから、彼は、彼女を心身共に守るためにドレスを切り捨てることにした。……つもりだったのだが。


「アルが納得して決めたことなのなら、私も応援するわ。でも、それって、人前じゃなければいいのよね?」


「はい?」


「ふたりきりの時なら、貴方がどんな服を着ていても、誰も何も言わないわ」


 アルは困惑し、けれど、ルシルならそう言うような気がしていたとも思う。

 戸惑った様子の彼にルシルはくすりと笑い、彼の両手から自身の手を引き抜く。

 簡単に彼の手の中から逃れた彼女は、勢い良く、飛びつくようにアルに抱きついた。

 突然の出来事に、アルはよろけそうになりながら、ルシルの体を受け止める。


「私の前ではお姫様でいてよ」


 ルシルはアルの首に両手を回し、彼の顔を見上げた。

 とびきりの笑顔を浮かべ、そう言う彼女のチョコレート色の瞳は、まっすぐに自分のことを見つめていて、アルは呆れたように小さく呟いた。


「……君には敵わないよ。俺の王子様」

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