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家族

 17年間共に暮らした両親や使用人達との別れは、今まで彼らと一度も離れたことがなかったルシルにはつらいものだった。

 しかし、それと引き換えに、彼女は愛する者との未来を手に入れたのだ。

 彼女は落ち着かない様子で、与えられた豪華な部屋の窓から外を眺める。

 ルシルが隣国、エーデルシュタイン国に来てから数日が経つ。

 正式に恋人であるアルとの婚約が決まったあと、学園の卒業を待ってから、彼の産まれた国へと足を踏み入れた。


 彼の両親や兄は、女の子がするような格好をしたいというアルの気持ちは今も理解できないままのようだが、自分達が否定しても、気にせずありのままでい続ける彼に、いつしか諦めの気持ちが沸いた。

 しかし、数年の時を経て、自分の気持ちに嘘をつかずに自分らしく生きる彼に、家族の気持ちは更に変化した。


 彼の母は『わたくしのせいだわ。ドレスなんか恥ずかしいって言ったから、余計にあの子はあんな感じになってしまったのよ』と嘆き、父は『娘がいなかったんだし、ちょうど良かったかもしれんな』と笑った。

 一番上の兄は『好きにすれば良いが、その格好で私のまわりを彷徨くのはやめてくれ。他に女がいると婚約者に勘違いされて困っている』と疲れたように言い、二番目の兄は『弟がこんなに可愛いと性癖歪みそー』と楽しそうにしていた。

 エーデルシュタイン家の共通の心配事は、アルバートは、このまま一人で生きていくのかということや、この人と結婚したいなどと言って、ある日突然男性を連れてくるのでは、ということだった。

 だから、アルバートが結婚を申し込みたい人がいると言い出した時は皆、冷や汗をかいた。

 しかし、その相手が昔一度会ったことがある、どこかの令嬢だと聞き、心の中で万歳をした。心底安堵した。

 そして、アルバートとの結婚を承諾した令嬢は、相当な変わり者に違いないと、新たな心配事が浮上していた。


『る、ルシル・サフィレットと申します! よ、よろしくお願いいたします!』


 たどたどしくそう言って頭を下げた少女。

 この国に来たばかりで緊張しているのか、婚約者の家族との対面で緊張しているのか、はたまたその両方か。

 人形のようにぎこちなく、礼をするためにドレスの裾を持ち上げた手は、誰が見ても分かるくらいに震えている。

 『普通だ』、とアルバートの家族は思った。

 しかし、それは悪い意味ではなかった。


『え! フツーに可愛いお嬢様じゃん! や、とんでもない女が来るかもって思ってたから、逆にビビったー』


『えっ、あ、えっと……?』


 アルバートと同じ銀の髪を持つ、二番目の兄がルシルの手を取り、『よろしく』と言いながらブンブンと振る。

 そんな彼に『恥ずかしいことをするな』と言って現国王である父は軽く頭を叩き、その妃であるアルバートの母がルシルの前に出る。


 『アルバートは女の格好などして、変わっている子ですが、どうか、よろしくお願いしますね』と眉を下げて言われ、ルシルは不思議そうに首を傾げた。


『どんな格好をしていても、彼は彼ですよ。中身は私の好きな人のまま、変わらないです、ずっと』


 そう言ってから、この国の王の妃の言葉を否定するような真似をしていまい、失礼なことをしてしまったかと焦る。

 けれど、顔を青くしているルシルとは反対に、彼女の言葉はアルバートの家族達の胸に溶けるように馴染んだ。


 アルバートの幼少期を思い返す。女性の格好をするようになって、外見の変化に戸惑い、彼の中身に向き合うことができなくなっていた。

 いつからだったか、ドレスを着たいだなんて恥ずかしいと言われたら落ち込んでいた彼が、自分達が何度否定しても、『でも、この方が可愛いでしょ』と明るく話すようになった。

 彼は変わった。でも、変わらないところもあった。

 自分の気持ちに素直なところ。家族に対して関心がないと言いながらも、何かあれば、本人よりも怒る優しいところ。

 変わらないところが、確かにあった。

 そして、昔は大人しく、ドレスを着たいと言うなと叱れば、それを受け入れていた彼が、『これが俺のありのままだから』と誰からの否定も受け流し、そして、否定してきた相手を恨むこともなく、何事もなかったかのように明るく接する性格にいつの間にかなっていた変化もある。

 それは、良い変化だった。その変化が【良いこと】であることにも気づけなかった。


『……貴女が、あの子を変えてくれたのね』


 ポツリと王妃は言う。


 いつかアルバートから聞いたことがある。

 好きな格好をしていいんだって言ってくれた女の子がいるんだよ、と。

 確認しなくても、瞬時に理解できた。

 それを言ったのは、目の前のストロベリーブロンドの髪の少女であると。


『……そうね。あの子は今も、優しいあの子のままだわ』


 王妃は気づく。息子の本質は、何も変わってなどいないと。

 彼女は優しい目で、少女の隣に立つアルバートを見つめる。そこには確かに母の愛があった。





 ルシルがエーデルシュタインに来て、一週間ほどで結婚式の準備が整った。

 この国に来てから、アルは公務や結婚式の準備で忙しく、ルシルと会う時間が取れなかった。

 家族と離れ、最愛の彼とも会えなくなり、ルシルは寂しい気持ちになり、自分の結婚式なのだから、自分も準備をしたいと婚約者に声をかけたが、部屋でゆっくりしていてと言われ、断られてしまった。


 この国のしきたりなどがあるのかもしれないと思うと、強く主張することはできず、それならば他に自分にできることはないかと、一日に数回部屋に訪れるメイド達に尋ねたが、皆、恐れ多いことですと言い、ルシルに仕事を与えられることはなかった。

 ただ、ぼんやりと過ごすだけの日々に、居心地の悪い思いをしていたルシルだったが、それも今日で終わりである。





 式は滞りなく進んだ。

 式の最中、ルシルは自身の父が号泣している姿や、その背中をさすりながら、ハンカチで涙を押さえる母の姿を見つけた。

 生まれてから今まで、一番多くの時間を共に過ごしてきた家族との思い出が、頭の中を駆け抜ける。

 思わず涙がこぼれ落ちそうになり、慌てて俯き、耐えた。

 まだ泣けない。式が終わるまでは。そう思っていたのに、隣に立つ、今はドレス姿ではなく王子として正装している最愛の人の顔を覗き見ると、既にその綺麗な顔は涙でグシャグシャになっていて、思わず小さく笑ってしまい、ルシルの瞳からも静かに涙がこぼれた。


 お色直しをするために控え室に戻り、薄い桃色のカラードレスに着替えたルシルは、新郎を待っていた。

 お揃いで着ようと、アルが用意したドレスである。

 正直に言うと、自分よりも可憐で人を惹きつける彼と同じドレスを着て、彼の隣に立つことは勇気のいることだった。

 だが、誰かにアルの方が可愛いと言われても、アルの方がドレスが似合っていると言われても構わないと、今のルシルは思う。

 最愛の彼さえ自分のことを可愛いと言ってくれるのなら、他には何もいらないのだ。

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