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 休日の朝。サフィレット家の呼び鈴が鳴り、時計を見たルシルの父は、ついに来たかと冷や汗をたらした。

 恐る恐る自室から廊下へ出て、様子を伺う。

 自身のいる場所から姿はよくみえないが、来客は既に玄関にいて、使用人が対応しているようである。


「突然申し訳ありません。実はルシルさんとお付き合いさせていただいておりまして、そのご挨拶に……」


 聞こえてきたのは男の声だった。

 なんだ、普通に男じゃないか、と父は安堵の息を漏らす。

 突然結婚を申し込んできた隣国の第三王子と実は既に恋人関係で、更に彼は普段は女性の格好をしているなど、自分の娘も冗談を言うようになったのだなと、娘の変化を微笑ましく思いながら、来客を迎えようと歩みを進め、すぐに立ち止まった。


 ふわふわとした銀髪セミロング。その髪には可愛らしい髪飾りが付いている。そして、身に纏っているのは、フリルがふんだんに使われたドレス。歳は自分の娘と変わらないぐらいだろう。

 そんな人物が、玄関にいた。


 彼は目を凝らす。

 あれは誰だ。もしかして、ルシルの友人だろうか。

 困惑して動けなくなったルシルの父に気づいた来客は、慌てて挨拶をした。


「あ! ルシルさんのお父様ですか? ご挨拶が遅れて申し訳ありません。お初にお目にかかります。アルバート・エーデルシュタインと申します。本日はお時間をつくっていただき、ありがとうございます」


 ドレスの裾を軽くつまみ、綺麗に礼をする姿は、どこからどう見ても少女にしか見えない。

 しかし、男性にしか聞こえない声と、今日、自分が会う予定になっている人物としか思えない発言に、ルシルの父は目眩がした。


「あ、あぁ……」


 それだけ言い、フラフラと自室に戻り、倒れるように椅子に腰かけた。


「……なんだ、あれは」


 脳が先程の光景を処理できず、彼は呆然とし、天井の模様を見つめていた。

 約束をしていたのに、いつまで経っても客間へ来ない夫を心配した妻に迎えに来られ、ようやく彼はよろよろと椅子から立ち上がったのだった。





「はい、将来は城で兄の補佐をしていく予定でして……」


「へぇ、そうなのね! あ、アルさん、こちらもいかがかしら?」


「いいんですか? いただきます。ありがとうございます!」


 ソファに並ぶ自身の娘と謎の少女。

 ローテーブルを挟んで向かいのソファに自身と妻。

 妻から焼き菓子を勧められ、それを受け取っている、目の前に座る少女の顔を、ルシルの父はじっと見つめた。


 ルシルの母は、娘の友人だと思っていた少女が実は男性だということに最初は困惑していたが、アルと話をするうちに、化粧品はどこのものを使っているのだとか、ドレスはどこで仕立てたものなのだとか、そういった話で盛り上がり、『娘がもう一人できたみたいで、これはこれでありだわ』と言い出した。

 そんな妻を信じられないものを見るような目で見たルシルの父であったが、女子トークを繰り広げる妻と娘と娘の恋人に、口を挟む余地がなく、そっと珈琲をすすった。


「でも、本当は男性だなんて信じられないわ。どう見ても可愛い女の子にしか見えないもの」


「ありがとうございます。分かります。俺もそう思います」


 ルシルの母の言葉を全肯定し、アルは微笑む。

 それを、相当自分に自信があるんだな、と父は死んだ目で見つめた。


「そうなの! アルはとっても可愛いの! 私の王子様だけど、お姫様でもあるのよ。お得でしょう?」


「えー、照れるー」


 『何故そこで得意げな顔をするんだ娘よ』とも、『お前はそこで顔を赤らめるな』とも言えず、カップの中の珈琲を見つめるだけの父だったが、このままではいけないと、意を決して目の前の少女……男に声をかけた。


「……アルバートくん」


「は、はい。なんでしょう? お父様」


 『俺は君の父親ではない』という言葉をグッと堪え、口を開く。


「……君はいつからそんな格好をしているんだい?」


「え? もう、十年前くらいからこんな感じです」


「じゅう!?」


「王子として男らしくしなさいって、母に言われていたので、昔はドレスとか、全然着たことなくて」


 『お願いだから、その時のままでいてほしかった』という言葉をなんとか飲み込んだ。


「でも、彼女が……ルシルさんが、男がドレスを着たいと思うことは、おかしなことじゃないって教えてくれたから。だから、今の俺があります」


 そう語る彼の優しい眼差しに、何か言ってやろうという気持ちが薄れていく。


「俺がどんな格好をしていても、俺自身のことを見てくれる、好きでいてくれる、そんな彼女とずっと一緒に生きていきたいと思ったから、だから」


 娘は恋人に触れて励ますわけでもなく、ただ静かに彼の話を聞いている。

 その眼差しが、その姿が、自身のことをいつまでも愛し、信じてくれている妻のものと重なり、娘はもう、自分が手を引かなければ上手く歩くこともできない幼い少女ではないのだと思い知らされた。


「彼女の隣にいられる証がほしいんです」


 曇りのない瞳で真っ直ぐに見つめてくる娘の恋人に返す言葉は決まっていた。


「……ルシルのことを、幸せにしてくれ」


 『幸せはふたりで作るものなのよ』と笑う娘に、昔、自分も妻にそんなことを言われたことがあったなと、父は小さく笑みをこぼした。

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