自分勝手な恋
サフィレット家の朝食の席で。放置していた隣国の第三王子からの結婚の申し込みを受けてほしいと、天気の話でもするかのように他愛なく娘に言われた時、彼女の父は動揺してフォークを床に落とした。
以前、一度だけ両親に相談した恋の相手が、隣国の王子であることを伝えると、両親はいったい、いつの間にそんな相手と知り合ったのかと不思議に思った。
けれど、彼女の母は『ルシルが幸せなら、なんでも構わないわ』と笑い、難しそうな顔をして唸っていた父も、最終的にはそれに同意した。……のだが、次いで娘の口から飛び出た言葉に、和やかな空気は完全に凍りついた。
『実はあの人、アルなの!』
途端に母の笑顔は引きつり、アルが誰か聞かされていなかった父は、ルシルの女友達であると自身の妻に聞き、青ざめた。
*
「何がいけなかったのかしら?」
ルシルの話に、アルは盛大に咳き込んだ。
学園の中庭のベンチでふたり並んでランチをしている時。
特別なことがあるわけではないけれど、大好きな彼女が隣にいるだけで日常が非日常になり、アルは自然と笑顔になった。
そんな幸せなランチタイムに、突如爆弾が投下されたのだ。それも、最愛のルシルの手によって。
「え、何、言っちゃったの!? 俺が女の子の格好してること……」
ルシルが作った料理が入っているランチボックスを手に、アルは動揺した。
「え? えぇ。駄目だった?」
自分が作ったものを食べているルシルが見たいからと、アルが彼女のためだけに自作したサンドイッチを手に、彼女は首を傾げた。
無自覚なのか、やや上目遣いになっており、『恋人が可愛すぎる』と悶え、思わず許しそうになってしまう。
「駄目じゃない……。あ、違う! 駄目! 駄目ですー!」
「どうして? 私の恋人は格好良くて可愛いということをお父様達に知ってもらいたかったのだけど……」
「んんっ、ごほっ。いや、それは……、それは可愛いけど。あ、違う。間違えた。嬉しいけど! そうじゃなくてさ、その結果どうなりました?」
アルの脳内に浮かんでいた、『彼女が可愛い』という想いが、つい言葉になって飛び出してしまった。
「お母様からは何も言われていないのだけど、お父様があれから寝込んでしまって……」
「でしょうね!」
何が『でしょうね』なのか分からず、ルシルは首を傾げた。
「自分の娘が女の子の格好してる男と結婚したいって言い出したら、不安になるのも無理ないよ。……でも、そうだね。このことを隠して君と結婚するのも不誠実だ」
食べ終えたランチボックスの蓋を丁寧に閉じ、何かを決意したように、アルは隣の彼女に視線を向けた。
「今度、君の家に行っても良い?君のご両親に挨拶がしたいんだ。……まあ、サフィレットの家は毎日見に行ってるけど」
前半部分だけに『分かったわ』と頷き、後半部分に、日常的に女性の格好をしていることよりも、人の家を監視していることの方がバレたら大変なのではとルシルは思った。
*
「ご両親の予定が分かったら教えて」
「えぇ。お父様とお母様に聞いておくわね」
放課後。分かれ道でそんな会話をして、『また明日』と、どちらもなかなか言えなくて、道の真ん中でじっと見つめ合うという端から見れば不審な状態になっていると、ふと、アルが振り返った。
不思議に思い、ルシルもそちらに視線を向けると、視界に見知らぬ中年の男がこちらに歩いてくるのが見え、僅かに嫌な予感を覚える。
「ねぇ! そこのお嬢さん達、今……」
「あ! 俺、用事思い出しちゃった! またね!」
銀髪の少女と目が合い、男は何か言おうとしたが、それをアルはわざとらしく遮り、男の方へ歩いていった。
アルはにこやかに男に話しかけ、男はまさか少女の方から来てくれるとは思っていなかったため、デレデレとした笑顔を浮かべている。
何かを話した後、ふたりはひとけのない場所へと消えていった。
(……御愁傷様です)
ルシルは心の中で男にそう言って手を合わせる。
アルと恋人関係になってから、自分に何かあっても、暴力で解決してほしくないとルシルは再度彼に訴えた。
彼は『……頑張ります』と目を泳がせながら言い、ルシルの前でいきなり他人に危害を加えることはなくなった。
しかし、その本質は簡単には変えられないようで。
(あれでバレてないと思っているのよね、本人は)
恋人が見ていないと思っている場所では、相変わらず獰猛な彼でい続けているらしいことをルシルは知っていた。
ルシルに話しかけたり、彼女を無理やりどこかに連れ込もうとする男が現れれば、アルはその男に色仕掛けをして、ルシルには『少し待ってて』と言って、男と共にどこかへと消える。
そして、帰ってきた彼は『おまたせ』と可愛らしい笑みをルシルに見せるが、綺麗に手入れされていたはずの靴が薄汚れていたり、美しいドレスに返り血のようなものが付いているため、何かあったと気づかずにはいられなかった。
生き方を変えることができそうにない彼に呆れつつも、それでも、彼を好きな気持ちの方が大きくて、獰猛な一面があることを理由にアルと離れることなど考えられそうになかった。
だから、ルシルは彼の苦手な面を視界に入れないことにした。
それが逃避であることは分かっていた。
けれど、そうすることでしか彼と共に歩む道を手に入れられないのなら。
(私は何も見てない。何も知らないわ。だから、ちゃんと隠し通してね)
彼女はいくらだって、悪女になれるのだ。
アルが男と消えていった道に背を向け、ルシルは自宅へ帰るため、ゆっくりと歩みを進める。
(帰ったらお父様達に予定を聞かなきゃ。いつだったらいけそうかしら?)
先程の男がどうなったかなど、今のルシルにはどうでもいいことだった。




