大好きだから
「ふふっ、楽しみだわ」
青空の下、ルシルは自宅近くの公園へ向かって歩みを進めていた。
思わずひとりごとを言ってしまい、恥ずかしくなって、自身の口をふさぐ。
けれど、にやけた顔まで抑えることはできなかった。
先日の王家主催のパーティーでは、騒動を起こしてしまい、自宅に帰って冷静になってから、とんでもないことをしてしまったと冷や汗をかいた。
パーティーの雰囲気を壊すようなことをしてしまったと王家に護衛を通して謝罪したが、昨日のルシルの行動はそこまで噂になっているわけでもなく、人や物に被害があったわけでもないからと、お咎め無しで終わった。
申し訳なく思う気持ちと、けれど、次もアルが傷つけられるようなことがあれば、場所がどこであろうと自分はまた同じことをするだろうという気持ちが複雑に混ざる。
想い人である彼とは仲直りのようなものをした、とルシルは思っていた。
その証拠に、今日は彼とデートなのである。
しかも、今日は外で待ち合わせをしている。
彼と出掛けていた時はいつも、彼はルシルの家まで迎えにくるか、迎えに来る約束をしていなくても勝手に彼女の自宅の前にいた。
そんな彼が、今日は待ち合わせをしようと言ってきたのである。
驚いたルシルだったが、『君のことを追いかけるだけじゃ、見えないものもあるって分かったから』と彼に言われ、胸があたたかいもので満たされるような気持ちで頷いた。
公園に入り、噴水の前でアルを待とうとして、水面に自分以外の人影が映り込んでいることに気づき、ルシルは反射的に振り返った。
「うわっ」
突然振り向いたルシルに驚いたように後ずさる人がひとり。
(『うわっ』て言いたいのは私の方だわ!)
そう内心怒ってみるけれど、本当は怒ってなどいなかった。
呆れながら、目の前の、美しく着飾った少女のような人物に声をかける。
「……アル、いつから私の後ろにいたの?」
「え! いや、ちょっと……」
「いつから?」
「……ごめんなさい、最初からです。君が家を出た時から、ずっとつけてました。というか、楽しみすぎて、昨日の夜から君の家のまわりをうろうろしてました」
ルシルのデートの相手である彼は、申し訳なさそうに自白した。
ふわりと銀色のセミロングのウィッグが揺れる。
「えっ! よ、夜から!? ひぇー……」
想い人ではあるが、彼の言動に引いてしまう。
そんな彼女に気づき、彼は慌てて弁明のような何かを口にした。
「だって、ルシルを追いかけるのはもう俺のルーティンなんだもん! 仕方ないじゃん! 体が無意識にルシルの行動を監視してしまうんだ。もう、これは誰にも止められないよ」
「……最悪なルーティンね」
どうやら、彼が自分へ向ける過剰な愛情は今も健在のようだ。
そのことに、ルシルは呆れたような顔をしながらも、内心は走り出したいくらいに嬉しかった。
「あの、さ」
「えっ。な、何?」
もしかしたら、呆れたフリをしながら、本当は喜んでいることがバレたのではないかと、恥ずかしく思いながらルシルは彼の青の瞳に視線を向ける。
「普通の日にこんなことして、全然締まらないけど、でも!」
勢い良く目の前に、たくさんの薔薇を束ねた花束が差し出され、ルシルは目を見張った。
「俺、君が好きだよ。大好き! ルシルのことをいらないなんて、そんなはずないよ。だって、ずっと、君が欲しかったんだから」
彼の花束を持つ手が震えている。
それを見て、ルシルは微笑んだ。
「ふふっ。私も貴方のことが好きよ。知らなかったの?」
「……知ってる。けど、こんな俺じゃ、君の隣は似合わないってことも分かってるんだ。でも……」
ルシルはアルに飛びつき、花束ごと彼を抱きしめた。
「わっ、いきなり何……」
突然飛び込んできた彼女に、アルはよろめいたが、慌てて彼女の体を受け止めた。
「『こんな』って何?」
「え? だって、いつまでも女の子の格好してるのも変でしょ? いつかはやめないといけないって、本当は分かってるんだ。それに、俺がこんなだと、隣にいるルシルが笑われる。男とか女とか関係ないって言ってくれたことは嬉しかったけど……」
自嘲するように言う彼に、ルシルは不思議そうにする。
「どうしてやめないといけないの? 別にそんな決まりはないわ」
「え、それは、そうだけど。でも、いつまで可愛くいられるか分からないよ、俺。これから、歳は重ねていく一方で、減ったりはしないんだからさ」
「アルはドレスを着たり、ヒールを履いたりするの、やめたいの?」
「やめたいわけないよ。だって、俺はこの格好が好きだから。もう、俺の一部なんだ」
彼は可愛い。それは、彼が老いても、今の見た目ではなくなっても、自分の中では変わらないことだとルシルは思った。
「だったら、やめなくていいじゃない」
「君、俺の話聞いてた? 老いとかさ、やっぱり色々あるわけですよ」
「そこは貴方が努力して。私にとっては、貴方はこれからもずっとお姫様よ」
「……でも」
アルは何か言わなければと思い、けれど、もう反論が思いつかずに口を閉じる。
その間にもルシルは強く自分を抱きしめてきて、花束が押し潰されてしまいそうだなんて思って、そして、少しの沈黙のあとに、アルも強く彼女を抱きしめた。
「……努力するよ」
ポツリとこぼれた言葉。それだけで、ふたりの未来を始めるのには充分だった。




