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捕まえてみせるから

 それは、永遠にも思える時間だった。

風が吹き、地面に落ちていた薔薇の花弁が舞い上がり、ハッとしたアルは突き放すようにルシルから体を離した。


「きゃっ!」


 突然のことによろけるルシルに一瞬申し訳なさそうな顔をした彼だったが、すぐに表情を消す。


「今日のことは忘れて」


 背を向けて駆け出した彼の背中を、ルシルは呆然と見つめる。


「忘れられるわけ、ないじゃない……!」


 地に落ちた、受け取ってもらえなかった薔薇を拾い上げ、そっと抱きしめた。





 きちんと彼とこれからのことを話し合いたい。

 そう思うものの、以前よりも避けられているのか、ルシルは彼の姿を見ることすら難しくなっていた。

 しかし、考えてみれば、それは当然のことだった。

 ルシルのことを追いかけたり監視したりすることが得意な彼の先を行くことなど、彼女にできるはすがなかったのだ。

 自宅でぼんやりと、メイドのソフィアが淹れてくれたミルクティーに口をつける。

 彼のことを諦めたわけではないが、膠着状態になってしまった現状をどうすれば打破できるのか、良い案を思いつくことができないでいた。


「ちょっといいかい、ルシル」


 軽く自室の扉がノックされ、聞こえてきた父の声に入室を許可する。


「どうしたの? お父様」


「あぁ、これは断ってくれてもいいんだけどね。お前に王城からパーティーの招待状が届いたんだ」


「え……」


 王城と言われ、思い出すのは元婚約者の第二王子のことだった。

 『そういえば、彼は元気にしているかしら?』と他人事のように、そう思う。


「自分の息子がルシルに酷いことをしたから、お詫びにパーティーに来ないかということらしい。あれからどれだけ経ってると思ってるんだか……」


 正直、気が進まなかった。けれど、サフィレット家の娘として、王家から直々にお誘いを受けたパーティーを断るようなことも、ルシルにはできそうになかった。


「お断りしておこうか?」


「いえ、伺おうと……」


 『伺おうと思います』と、参加を表明しようとしたルシルだったが、父から飛び出した言葉に固まった。


「あぁ、それとね、お前にはもう関係ないかもしれないけれど、このパーティーには隣国の第三王子も招待しているらしい。今、この国に留学してきてるんだって? それで声をかけたらしいよ」


(え)


「そういえば、あの方との結婚のお話はどうする? そろそろ返事を出さないといけない頃だけど……。やっぱり気が進まないよな。無理はしないで、お断りしても……」


「ま、待って!」


 パーティーも結婚の話も断る方向に持っていこうとする父をルシルは必死に止めた。


「パーティーは行きます! 結婚の方はもう少しだけ保留で!」


「えっ。わ、分かった……」


 食い気味に返事をしてきた娘に、やはり隣国の第三王子に興味があるのかとも、この前相談してきていた男とはどうなったのかとも、聞きたかったが聞く勇気がなく、父は複雑な表情で自身の娘を見つめることしかできなかった。


(王城は苦手だわ)


 華やかでキラキラしていて、けれど、どこか重くて、あそこにいると息が詰まる。

 元婚約者に糾弾された場所でもあるし、良い思い出はなかった。

 けれど、アルと、好きな人と出会った場所でもあった。

 本当の最初の出会いは十年前だが、その時の記憶がおぼろげなルシルにとっては、アルとは王城で出会ったという印象の方が強かった。

 隣国の第三王子は、パーティーにはあまり顔を出さないという。

 パーティーに彼は来ないかもしれない。

 でも、来るかもしれない。

 彼に会える可能性が少しでもあるのなら、ルシルはそれに賭けたかった。


(今度こそ、絶対に捕まえてみせるわ)


 それで、愛を告げて、それでも断られたのなら、嫌いだとはっきりと言われたのなら。


(私は諦めることができるのかしら?)


 分からない。

 彼にキッパリと振られたとしても、彼のことを好きな自分がいなくなるわけではないとルシルは思う。

 彼が隣にいない未来で、彼のことを想い続けるのかもしれない。

 けれど、まだ未来は決まったわけではないから。


(まだ可能性はあるわ。……だって、きっと、アルはまだ、私のことが好きだもの)


 傲慢。心の中をアルに覗かれたら、彼はきっとそう冷たく言うだろう。

 けれど、花祭りの日、彼の痛いくらいに苦しい本音とも言える言葉の中に、確かに自分への愛があったと、ルシルは思っていた。


(傲慢でも、うぬぼれでも構わないわ)


 今のルシルの中に、諦めるという選択肢は存在しなかった。

 ただ、愛する人との未来を掴み取ろうと決意する少女の姿だけがそこにあった。

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