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貴方に捧げる赤い薔薇

 一年で一番、街中が花であふれる日。今日は花祭りの日だ。

 好きな人に花を渡し、愛の告白をしたり、夫が妻に花を贈り、お互いの愛を再確認したり。

 最近では、職場などでお世話になっている女性に感謝の気持ちを込めて花を贈る男性も増えている。

 この国では、基本的には男性から女性へと想いを込めて花を贈る日となっていた。

 このイベントは毎年、身分関係なく盛り上がりを見せている。


 今年も街は朝から賑わっており、花を買い求める男や、花を嬉しそうに抱いている女性であふれていた。

 男性から女性へという、贈る側と貰う側の性別が限定されていることをルシルは以前から疑問に思っていた。

 男性から男性でも、女性から男性でも、女性から女性でも、好きな気持ちや感謝の気持ちは変わらないのではないかと。

 それなら皆、性別など関係なく想い人に渡せば良いではないかと。


 そんな彼女は今、一輪の真っ赤な薔薇を大切そうに持ち、街を歩いていた。

 唇にはアルに贈ってもらった、彼とお揃いの春色のルージュ。

 彼に贈ったものと、彼から贈られたものは、同じ品物だ。

 けれど、大切な人がプレゼントしてくれたものだと思うと、世界にひとつしかない自分だけの宝物もののように、ルシルには感じられた。


 彼女が歩くたびに、ふわりと薔薇が香る。

 花祭りにおいて、赤の薔薇は愛の告白をする時に贈る花とされている。

 端から見れば、彼女が誰かから愛を告げられたように見えるため、商店街を歩いていた際には、『良かったわね』、『羨ましいわ』、『お幸せにね』などと、通行人に声をかけられ、そのたびにルシルは曖昧な笑みを浮かべた。

 しかし、この薔薇は彼女自身が用意したものであり、誰かから贈られたものなどではなかった。

 今日、彼女はこの赤い薔薇を想い人に渡すつもりでいた。





(……どこにいるのかしら、アル)


 完全に無計画だった、とルシルは思う。

 愛の告白をする絶好の機会である花祭りで、再度アルに気持ちを伝えようと考えたルシルは、早朝から赤い薔薇を手に街を歩いていた。

 そこかしこで花が売られ、多くの男性がそれを買い求めている。

 花屋で男性の中に混じって赤い薔薇を購入したルシルは、店員に不思議そうな顔をされたが、それでも構わなかった。


 薔薇を手に入れるところまでは計画通りだったが、そこからが上手くいかなかった。

 そもそも、今日、アルと会う約束をしているわけではない。

 彼に避けられてばかりで、学園でも入れ違いが続き、彼の家に行けばメイドに『絶対に入れるなと言われている』と追い返され、奇跡的に彼とランチができた日から、彼に会うことができないでいた。

 だから、約束を取り付けようにも、話すことすら拒絶されていては、どうしようもなかった。

 けれど、諦めきれないルシルは、街のどこかにはいるだろう彼を当日に探そうと決めた。


 すでに彼の家には訪問したが、いつものごとくメイドに追い返され、彼が屋敷にいるのかどうかは分からなかった。

 屋敷の前でずっと待っていると、申し訳なさそうな顔をしたメイドが何度か様子を見に外に出てくるため、罪悪感を覚えたルシルは、ひとまず街の中を見てまわることにしたのだった。

 しかし、歩いても歩いても想い人の姿は見当たらず、ついには街を一周してしまい、ルシルの足は疲れで限界となり、明るかったはずの空は夕暮れへと変化を遂げていた。

 花を贈る男性や受け取る女性であんなにも賑わっていた街は、もう人がまばらになっている。

 仲良さげに手を繋ぎ、繋いだ手とは反対の手で、大切そうに赤い薔薇を抱きしめている女性の姿が目に入り、ルシルは途端に虚しくなった。


(何をしているのかしら、私)


 想いを告げて、振られるとか振られないとか、まずそのスタートラインに立つことができていない。

 彼には『君はいらない』と言われたこともあるし、振られているも同然といえば同然だけれど。

 それでも、ルシルは好きな人に想いを告げるチャンスが欲しかったのだ。

 店じまいを始めた花屋の店主を見て、ため息をつく。

 今回は諦めようと、踵を返した時、すぐ後ろにいたらしい男性にぶつかってしまう。

 彼の胸に飛び込む形になってしまい、ルシルは慌てて男性から離れた。


「ごめんなさい!」


 距離を取り、慌てて頭を下げるが、目の前の男性は何も言わない。相当不愉快な気持ちにさせてしまったのだと焦ったルシルは、恐る恐る顔を上げた。


「あの、本当にごめんなさい。どこか、お怪我は……」


(え……)


 そこにいたのは、目深にフードを被った男性だった。

 フードが付いた黒いマントを羽織っている彼は、ほとんど顔が見えず、正直に言ってしまえば怪しいとルシルは思った。

 けれど、微かに覗く銀色と、彼の纏う空気に、目の前の彼は自分が探し求めていた人だと、直感的に気づく。


 彼は何も言わずにその場を去ろうとし、ルシルは慌ててマントの裾を掴んだ。


「待って、アル!」


 彼の名を呼ぶ。

 マントを掴んだ勢いでフードがずれ、目の前の彼は少し気まずそうに振り返った。


「……どうして俺だって分かったの?」


 落ち着かない様子でフードの端を触りながら問いかけるアルに、ルシルは微笑み、いつか彼に言われた言葉を返した。


「分かるわ。貴方のことなら何だって!」


 そう言ってから、自分は彼のことを幼少期から監視していたわけでもないし、【何でも】は言いすぎだったかもしれないと思った。

 彼女の言葉には何も返さず、アルはフードを深く被り直す。


「嘘つき」


「た、確かに【何でも】は言い過ぎだったわ。でも、貴方のことを分かるようになりたいとは思ってる」


 自分に背を向け、歩きだした彼の背中をルシルは追いかける。

 何故か今日はアルとの距離があまり開かず不思議に思っていたが、彼が歩く速さを自分に合わせてくれていることに気づき、気づいたのと同時に、彼への想いがあふれた。


「もう私のことなんて嫌になったかもしれないけれど、私は貴方が好きよ!」


 駆け出し、彼の背中に赤い薔薇を押しつけた。ヒラリと花びらが舞う。

 自身の足元に吸い込まれるように落ちた赤の花弁に、アルは彼女が赤い薔薇を贈ってくれたことを悟った。


「……やめてよ、そういうの」


 ルシルの方へは振り返らず、彼は静かに言う。


「ごめんなさい、迷惑だったかしら」


「俺のこと、何でも分かるんでしょ? だったら当ててみせてよ」


「それは……」


 ルシルは言葉に詰まり、彼の背に当てていた手から力が抜ける。


「困るんだよ、そういうの! 君への気持ちが分からなくなる!」


 振り返ったアルは、痛いくらいに強い力でルシルを抱きしめた。

 彼の背中に押し付けていた薔薇が地面へと落ちる。


「全然知らないでしょ、俺のことなんて。今日、君がその花を持って歩いてるのを見て、気になってずっと後ろからついていってたこととか。俺が贈ったルージュをつけてる君を見て、嬉しいって思ってることとか。何も!」


(え……)


 まだ自分に好意を抱いてくれているように聞こえる彼の言葉が脳内で処理できず、困惑したのちにルシルは呟いた。


「……どうりで会えないはずだわ」


「どうせ気持ち悪いとか思ってるんでしょ? おかしいよ、俺は。自分で分かってるよ。でも、君のことを知りたくて、君のことを追いかけるのは生活の一部だったから、そんなに簡単にやめられないよ。残念だったね」


「おかしいだなんて思わないわよ。むしろ、嬉しいと思って……」


「俺のこと、受け入れられないなら、これ以上惑わせないでよ、馬鹿」


 抱きしめる腕に、強く強く力を込められて、ルシルは自身の骨がきしむ音が聞こえるような、そんな錯覚をする。


(このまま息が止まって死んでしまいそうだわ)


 そんなありもしないことを、ふわふわとした意識の中で思った。

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