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今更だけど、諦めない!

「……君のせいで無駄に疲れた」


「だから、最初からこうしていれば良かったのよ」


 お昼休みも、もうすぐ終わりという頃。

 ふたりは中庭のベンチに少し距離を開けて座っていた。

 もうすぐ次の授業が始まる時間だからか、中庭には人の姿はほとんど見えない。

 廊下で攻防を繰り広げていたふたりは、いつの間にか野次馬に囲まれていたことに気づき、一時休戦して中庭に避難した。

 こんなに目立ってはカフェテリアには行けそうにないと、恨めしそうに言うアルに、ルシルは内心ガッツポーズをした。

 すかさず『ランチなら私が作ってきているわ!』と、半ば強引に彼を引きずり、中庭へと連れてきたのだった。

 大勢の生徒に囲まれていては、一人逃亡することは叶わないと悟ったのか、アルはおとなしくルシルに引きずられていた。


「はい、あーん」


 ルシルはランチボックスからサンドイッチを手に取り、アルに差し出す。


「無理。やるなら、もっと恥じらうようにして。ルシルならそうする」


「えっ、何、気持ち悪いわね……。それは貴方の頭の中だけでしてちょうだい」


 彼の意味もなく上から目線な指示を無視して、ルシルは彼の口にサンドイッチを突っ込んだ。


「ちょ、ごほっ……」


 彼は思い切りむせ、ルシルに殺意のこもった視線を向ける。

 それを無視して、ルシルは自分用のランチボックスを開け、食べやすいように切ったリンゴを自身の口に運んだ。


「……これ、味見した?」


 調子が戻ったのか、自分の手でサンドイッチを持ち、アルは隣の彼女に問いかける。


「えっ、一応は……。ごめんなさい、お口に合わなかったかしら」


 無理やり食べさせたのは自分だというのに、彼の一言で途端に不安そうにソワソワと自身の手を擦り合わせるルシル。

 そんなルシルを見て、彼女のこういう素直なところが好きで、彼女の本質は変わっていないのだと、アルは気づかされる。

 彼女が突然別の人間になったとか、そんな突飛なことは起きていなくて、今、自分の目に映っている彼女は、自分が見えていなかっただけで、彼女の性格のひとつなのだと、ルシルと仲違いして以降、彼女と距離を置いて冷静になった今は、本当はその考えに辿り着いていた。

 ただ、自分が好きになった彼女と今の彼女があまりにもかけ離れているように感じ、先日までのように彼女に好意を示そうという気持ちにはなれなかった。


「あの、無理はしないでね」


 そっと顔色を伺うように自分の顔を覗き込んでくる彼女にハッとする。


「……別に、不味いとかそんなんじゃないよ。合うから困ってる」


「えっと……?」


 困惑してこちらを見ている彼女に、言わなければ良かったかと後悔する。

 弁解しようと発した言葉は、更に彼の後悔を加速させた。


「ルシルは料理とかしないし、してもお菓子作りくらいで、こんな風に学園に手作りのランチを持ってきたりしない」


「う……」


 『それはあなたの妄想の中のルシルだわ!』と否定したかったが、前半部分は真実だったため、ルシルは口をつぐむ。

 普段、料理は使用人に任せきりで、たまに趣味でお菓子作りをするくらい、というお料理レベルである彼女は、彼とお昼を一緒に過ごす口実を作るためと、なんとか好感度を上げるために、今日、普段はしない昼食作りをしたのだった。

 今朝、キッチンを使わせてほしいと言った彼女に、使用人達はたいそう驚いたが、張り切っている彼女が微笑ましく、キッチンの使用許可に加え、料理のアドバイスをしたのだった。

 使用人達のアドバイスがあったから、まともな料理に仕上がっているが、ルシルひとりではとてもここまではできそうにない。

 しかし、そのことは彼には伝えず、ルシルは自身を狡い人間だと思った。


「……こんなのルシルじゃないのに。君が俺だけのために作ってくれたことを悪くないって思ってるんだ。……なんでだろうね」


「え……」


 アルは困ったように笑った。

 その深い海のような色の瞳とは、相変わらず視線が重ならない。

 けれど、微かに雰囲気が柔らかくなった彼は、どこか、先程までとは違う気がする。

 ルシルは今がチャンスだと、何か言わなければと思考を巡らせるが、眉を下げて笑った彼の横顔に見とれてしまい、上手く言葉を紡げなかった。


「……それだけ。ごちそうさま」


「あっ」


 ルシルが何も言えずにいる間に、アルは席を立ち、校舎へと向かう。

 それと同じくして、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。

 だんだんと、彼の背中が遠くなっていく。


「あ、あのっ!」


 慌てて席を立ち、叫ぶように彼の背中に声をかける。

 彼は立ち止まらなかった。けれど、それでも良かった。


「私、貴方のこと、諦めないから! これで終わりだと思わないことね!」


 言ってしまってから、悪役みたいな台詞だったかと不安になる。

 アルが振り返り、久しぶりに青の瞳と視線がぶつかって、ルシルの心臓はドキリと大きな音を立てる。


「君も結構しつこいね」


 おかしそうに笑ってそれだけ言い、彼は校舎へと消えた。


「あ……」


 力が抜け、ルシルはベンチに座り込む。

 もう午後の授業は始まっている。

 早く教室に戻らなければと、そう思うのに。

 彼の笑顔が脳裏に焼きついて離れない。

 彼の笑った顔は今まで何度も見たことがあるし、可愛いと思っていた。

 けれど、先程の彼の笑顔はどこか、今までのものとは違って見えて。


(……嫌われている今の方が、彼が格好良く見えるなんて)

 

 アルのことが好きだと自覚した途端、彼がキラキラして見える。

 彼が好意を向けてくれている間に好きだと言えば良かった。

 ぼんやりとそんなことを考えていたら、授業のことを忘れてしまい、今まで一度も授業をサボったことがなかったルシルは、この日、生まれて初めてサボるという行為をしてしまったのだった。

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