攻防
「しつこい。ついてこないでください」
「貴方が止まってくれるならそうするわ」
昼休み。授業が終わると同時に教室を飛び出したルシルは、カフェテリアに向かっていたアルを捕まえようと必死に彼の後ろを小走りで追いかけていた。
彼は走っているわけでも、早歩きをしているわけでもないのに、ルシルはなかなか追いつくことができず、普段は彼が自分に歩幅を合わせて歩いてくれていたのだということを知った。
「今日は私がランチを作ったの。貴方の分もあるの……というより、貴方のために作ったの! だから、一緒に食べてくれないかしら?」
「恩着せがましいですよ、それ。ご自分で分かりませんか?」
「分かってるわ! 私もそう思う。でも、貴方とランチがしたいのよ」
「わたしはしたくありません」
(取り付く島もないわね)
頑なにルシルを振り返らず、足を止めない彼にルシルも足を止めないまま、ため息をついた。
いつもならアルがルシルを追いかけているように見えたが、今日は逆になっているこの状況に、すれ違う生徒達は彼らに好奇の視線を向けていた。
必死にアルを追いかけるあまり、まわりが見えなくなっていたルシルはすれ違った男子生徒にぶつかってしまい、思わず足を止めた。
「ひゃっ! ご、ごめんなさい!」
男子生徒に向かって頭を下げる。
そうしている間にも、歩みを止めないアルとの距離は広がっていく。
遠くなっていく彼の背中に、今の自分達の関係を表しているみたいだと、ルシルは心の中でため息をついた。
「アルさんと喧嘩でもしたの?」
急いでアルを追いかけようとした彼女を、そばから聞こえてきた声が引き止めた。
「え? えぇ……。そんなところです」
ぶつかった男子生徒はルシルの知らない人物であったが、気さくに話しかけてきたことに僅かに戸惑う。
「そうなんだ!? あんなに仲良いのに、喧嘩とかするんだね」
「な、仲良さそうに見えましたか!?」
「えっ。う、うん」
急いでアルを追いかけなければと思っていたのに、『アルと仲が良い』と言われ、不覚にも嬉しくなってしまったルシルは思わず食い気味に問いかけた。
男子生徒は困惑しつつも話を続ける。
「あ、そうだ。良かったら相談にのるよ、アルさんとのこと」
「え……」
「実は彼女とは同じ委員会なんだ。だから、何かアドバイスができるかもしれないし」
突然にも思える提案にルシルは困惑する。
何故、見ず知らずの彼が相談にのるなどと言い出したのか。
そもそも、毎日のように自分と下校していたアルが、委員会に所属しているというのは聞いたことがないが真実なのだろうか。
疑問に思う点がいくつかあり、ルシルは沈黙し、真意を探るように彼の目をじっと見る。
それに動揺したのか、男子生徒は焦りながら言葉を紡いだ。
「ほ、ほら、サフィレットさんって、今婚約者とかいないんでしょ? だったら……」
(……どういうことかしら?)
突然話が飛び、彼が何を言いたいのか分からずに首を傾げていると、背後からルシルの肩を掴む手があった。
「わっ!?」
その手はルシルの肩を強く引き、自分の後ろに彼女を隠す。
ルシルは突然現れた人物に驚き、見上げると、そこには彼女がずっと追いかけていた彼の背中があった。
「彼女を騙すような真似、しないでいただけますか?」
「あ、アルさん……」
ルシルを自分の背に隠した人物は、笑顔を浮かべてはいるが、その目は笑っていない。
アルのことを美しい少女だと思っていた男子生徒だが、今はその綺麗な顔が浮かべる感情の見えない笑みに、何故か背筋が寒くなるのを感じていた。
「す、すみません!」
美しい少女の謎の迫力に、男子生徒は自分が何故逃げ出したいと思っているのかも分からないままに、急いでその場から駆け出した。
「……二度と話しかけるな」
(ど、どうしてアルがここに……)
遠くなっていく男子生徒の背中に射殺すような視線を向け、吐き捨てるように言うアル。
とっくに置いていかれたと思っていたルシルは戸惑いつつも、彼の腕を掴んだ。
「つ、捕まえたわ!」
「は?」
見下ろすと、自分の腕を掴み、何故か得意気にこちら見ている少女と目が合い、アルは訝しげに眉をひそめた。
「……離してもらえます?」
「駄目! あっ!」
強く彼の腕を掴んでいたつもりだったルシルだが、いとも簡単にその手は振りほどかれてしまった。
「わたしは委員会には所属していません。あれは新手の詐欺のようなものですからお気をつけて。……ていうか、ルシルはあんなのに引っ掛かるほど馬鹿じゃないから、解釈違いなんだけど」
後半、本来の男性の声で小さく呟かれた言葉に、ルシルは再度彼の腕を掴んだ。
今度は逃げられないよう、両手で抱きしめるようにしっかりと拘束する。
「馬鹿で結構だわ! 私は騙されやすい馬鹿な女ですから! だから、貴方が守ってよ」
「そういうの、他力本願で好きじゃない。それより、その手、離して。当たってる」
目を合わせずに冷静に言われ、何が当たっているのかと不思議そうに少し視線を下ろしたルシルは気づく。
彼の腕を抱きしめるようにしていたため、自身の豊満ではない胸が彼の腕に密着していた。
(……き、気づかなかったわ)
微かに動揺し羞恥心でいっぱいになるが、それに耐え、彼女は更に強く彼の腕を抱きしめた。
「は? 聞こえなかった? 当たって……」
「当ててるのよ! お分かりになりませんか!?」
もはや、ヤケクソだった。令嬢とは思えない積極的すぎる行動を起こしている彼女の顔は、これ以上ないほどに真っ赤だった。
アルはそんな彼女のことを否が応でも意識せざるを得なくなったが、なんとか彼女を引き離そうとする。
けれど、ルシルは更にしっかりと抱きしめるばかりで、絶対に離さないという強い意志を示している。
「君は痴女か!?」
「痴女でも何でも構わないわ! 貴方が私といてくれるなら!」
「ルシルはそんなことしないし言わない! イメージを壊すな!」
「私は私ですから! 私がルシルですー! 残念だったわね!」
廊下での攻防。
昼休みに行われたそれは生徒達の目に留まり、何があったのかと野次馬が集まってくる。
先日までアルとルシルは一緒にいることが多く、ふたりのことを友人同士だと認識している者が多かったため、女の子同士でじゃれあっているだけかと、ほとんどの者は気に留めずにその場から去っていった。
数人は、『アルさんって、あんなにガラ悪かったっけ?』と、無意識なのか本来の声と話し方に戻ってしまっているアルを見て、不思議そうに首を傾げていた。




