未来。貴方の隣で
(私はアルに恋をしている)
その言葉は、しっくりとルシルの心に収まった。
『これから彼とどうしていけば良いか』、その答えは両親からは得られなかった。
ルシルの母は、『それはルシルとお相手がふたりで考えることよ』と微笑み、その言葉に父は曖昧に頷いた。
アルとは価値観が合わない。彼と仲違いしてしまった今も、ルシルはそう思っている。
彼に恋愛感情を抱いていると自覚したが、だからといって、彼がルシルのためにと他人に暴力を振るうことを良しとすることはできそうになかった。
ルシルが恐らく一生受け入れることができないと、無理だと思っているこの部分を許すのか、許さないのか。
昨日は後者を選び、アルに冷たい目で見られてしまった彼女だが、だからといって前者を選ぶのか。それは人としてどうなのか。いくら考えても答えは出そうになかった。
ルシルは彼と直接話をしてみようと考える。
ふたりのことだから、答えはふたりでしか出せないはずだ。
(まぁ、もう私のことなんて、嫌いになったかもしれないけれど)
それでも、ルシルはまだ、アルとの未来を掴みたかったのだ。
*
学園に来てすぐ、アルを探したが見つからず、昼休みも彼に会えないまま、ついに放課後になっていた。
今までは会おうと思って会っていたわけではなく、どちらからともなく二人でいることが多かったため、彼に会うのはこんなにも難しいことだったのかとルシルは唸る。
(……アルのクラスに行ってみましょう)
授業は終わったばかりだ。さすがに教室にはいるだろうと、素早く帰り支度を終え、ルシルは廊下に出た。
足早に彼の教室へ行き、廊下から彼がいるか確認する。
(あ)
帰り支度をしていたアルとバッチリ目が合い、手を振ろうとしたルシルだったが、彼はすぐに目をそらし、彼女がいるのとは反対の扉から教室を飛び出した。
「えっ! ま、待って!」
慌てて追いかけるが、彼は足が速く追いつけそうにない。
学園を出たところで、ルシルは彼の姿を見失い、深く息をつく。
あからさまに避けられている。
どうしようか、とルシルは考える。
諦めるという文字は彼女の中にはなかった。
*
「ルシルはいきなり家に来たりしないし、しつこく追いかけてきたりしない。お帰りください」
探していた人物に迷惑そうな顔でぐいぐいと背中を押され、ルシルは彼の屋敷の門から追い出されそうになる。
アルの自宅の場所を知っていることを思い出したルシルは、自宅へ行けば絶対にいつかは会えると気づき、すぐに目的地へと向かった。
呼び鈴を鳴らすと彼の家のメイドが出てきた。彼女を困らせていると分かっていたが、ルシルはアルはいるか、いつ帰ってくるか等、しつこく尋ねた。
そうしているうちに、探し求めていた人がルシルの後ろから現れたのである。
アルは追いかけてくるルシルをまくために近場で時間を潰していたが、時間を置いたにも関わらず、屋敷まで押しかけてきた彼女に眉をひそめた。
「昨日はごめんなさい。私、自分が優位に立ったような気になって、嫌な女だったと思う。でも、貴方の、力で何でも解決しようとするところが、どうしても私と合わないの」
ルシルは必死に門を掴み、追い出されまいと足を踏ん張った。
「合わなくて結構。俺も君とは合わないって、よく分かったよ」
『あなた』だった呼び方が、いつからか『君』に変わっていることに気づく。
ルシルのことを『あなた』と呼ぶ時、アルの声には暖かいものがあったように思うが、『君』と呼ぶ声は冷たく、ルシルは内心落胆した。
「もうこんなところまで来ないでね。突然来られても迷惑だから。相手の都合も考えてよ」
「その言葉、そのまま貴方に返すわ! 卑怯な手口でうちに来たのはアルの方が先でしょ!」
「俺が追いかけたら逃げてた癖に、俺に避けられたら家まで来るのって、都合良すぎない? 今さら何を企んでるの?」
「な、何って、それは……」
敷地内からルシルを追い出したいアルは門を閉じようとし、絶対に追い出されたくないルシルは、門を掴んで抵抗する。
しばらく門を挟んで攻防が繰り広げられていたが、ルシルは彼の言葉に僅かに動揺し、その隙を見逃さなかったアルに素早く門を閉められ、鍵までかけられてしまった。
「俺の理想になれないなら、君のことは、もうどうでもいいから。じゃあね」
背を向け、屋敷に入ろうと扉に手をかけた彼に焦ったルシルは、思わずその背中に叫ぶ。
「アルのことが好きなの!」
しん、と辺りが静まり返る。
(い、言ってしまったわ……)
ルシルは冷や汗をかくが、少し前まで追いかけていた女性に愛の告白をされたはずの男の態度は、かなり冷めたものだった。
「そう。俺は君のことはいらない」
彼は無表情でそう言って、扉の向こうに消える。
パタン、と扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
(……いらない、ですって?)
昨日、ふたりの関係に亀裂が走るまでは、彼は自分のことを好きだと、結婚したいと、お揃いのドレスを着たいと言っていた癖にと、怒りがふつふつと沸いてきた。
彼の態度の変わりようにショックを受ける気持ちもあったが、それよりも今、彼女の心を支配しているのは別の感情だった。
(いいわよ、見ていなさい。今度は私が貴方を追いかけるわ!)
今までは彼が追いかけてくれていた。
それは、誰かに好意を向けられることは、決して当たり前のことなどではなかった。
そのことに、彼からの愛を失ってからルシルは気づいた。
けれど、それならば、今度は自分が彼に愛を渡しに行けば良いのだ。
彼に貰った愛情の何倍もの愛を彼に捧げよう。
そして、もう一度、自分のことを好きになってもらいたい。
ルシルはそう決意し、想い人のいる屋敷を見上げた。




