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あなたが認めてくれるなら

「あ、あの、ルシル……。俺にプレゼントされるの、そんなに嫌だった……? ほんとに見返りとか求めないから、下心もないから! あ、ごめんなさい、ちょっとはあります!」


 何故かふたりとも同じルージュを購入し、店を出たあと。

 アルは不安そうにルシルの顔色を窺う。

 まわりに人がいるのに普段の口調に戻ってしまっている彼に、ルシルは思わず笑みをこぼした。


「ふふっ、ごめんなさい。嫌とか、そういうのじゃないのよ。ただ、私は」


 ズイッと彼の目の前に、先程購入したばかりの綺麗にラッピングされたルージュを差し出す。


「アルに似合うと思って見ていただけなの」


 彼はきょとんとした様子で、目の前のラッピングされた小箱を見つめた。


「え、俺に……?」


 包装紙で中は見えないが、それでも彼は、箱の中身は淡いピンクのルージュだということを知っている。


「えぇ。きっと似合うわ」


 ふわりと優しく微笑むルシルに、アルは目を奪われる。十年前の幼い彼女の姿と重なった気がした。


「……ルシル」


 女性のものであると、男性がつけていたら恥ずかしいと、そう何度も家族から言われてきたルージュ。

 色々と吹っ切れた今は、ありのままの一番素敵に見える自分でいるために、薄くリップクリームをつけてはいるが、ルージュとなると、まだ勇気が出ず、手にしたことはなかった。

 それが今、自分の手の中にある。それも、最愛の彼女からの贈り物だ。まるで、目覚めたら儚く消えてしまう夢のようだ。

 けれど、手の中にある固い箱の感触が、夢ではないとアルに教えてくれていた。

 彼は強く目を閉じる。そうでもしなければ、彼女の前で泣いてしまいそうだったから。


「あ! ご、ごめんなさい! せっかく貴方がプレゼントしようとしてくれたのに、水をさすような真似をしてしまって……!」


 沈黙し、足元に視線を落としたアルに、要らないことをしてしまったとルシルは慌てる。

 アルはそんな彼女に、『そんなことないよ! すごく嬉しい!』といつもの明るい調子で言いたかったが、上手く声が出そうになかった。

 僅かな沈黙ではあったが、普段はお喋りなアルが黙ってしまうことが珍しく、ルシルは焦り、意味もなく自身の両手を擦り合わせた。

 永遠にも思える沈黙のあと。


「……ありがとう」


 アルはやっとの思いで、その言葉を紡いだ。





 どこか様子がおかしいように見えたアルだったが、『ルシルからのプレゼントも嬉しいし家宝にするけど、俺のも受け取ってほしいな。というか、むしろ、これが本命ですから!』と、いつもの調子で自身が購入したルージュを彼女に渡した。

 そんな彼に、失態を犯してしまったのではという不安な気持ちは僅かに薄れたが、それでも、無粋なことをしてしまったと、ルシルは自身の行動を反省した。

 それでも、彼にルージュを渡せて良かったと、そう思う。


(だって、あれはアルの色だったもの)


 暖かみを感じる春のような色。

 花のように可愛らしく、けれど、時には彼は格好良い一面を見せてルシルの心を乱す。

 まるで彼のような色であり、また、自分の彼への気持ちを表す色のような気がした。


「あ、でも、これってお揃いってことだよね?」


「え」


 アルの言葉に思わず固まる。


「お揃い……?」


「え? だって、そうでしょ? 俺とあなた、同じ物持ってるイコールお揃いだし、しかも、お互いに贈り合った物だから……えっ、待って。その計算だと愛は無限ってことでは!?」


 どういう計算だ、とルシルは突っ込みたかったが、彼女の心の中は大騒ぎでそれどころではなかった。


(ほ、ほんとだ! お揃いだわ!?)


 意図せず彼とお揃いの物を手に入れてしまったことに動揺する。


(いや、でも、ルージュだから! ドレスとか髪飾りよりアルとの格差は出ないはずよ……たぶん!)


 そう自分に言い聞かせるが、『でも、アルの色だと思ったルージュだし、絶対アルの方が似合うのよね』とも思う。


(でも)


 自分とお揃いの物を手に入れたことにはしゃぐアルを横目で見る。

 ルシルの顔に優しい笑みが浮かんだ。


(お揃いって、なんだか幸せかもしれないわ)


 微笑みながらそんなことを思ったが、隣の彼の『この調子でお色直しのドレスもお揃いにしようね!』という言葉に、『それは無理』と冷静に返すルシルだった。





「今日はほんとーに幸せでした! ルシルありがとー! またデートしてね?」


「えっ」


 日が沈み始めた帰り道。

 アルの言葉に、これはデートだったのかと気づき、ルシルは一人悶えそうになった。


「ルシルのプレゼントを見にきたのに、なんか俺の方が色々貰っちゃったな。あなたの誕生日はしっかりお祝いするから期待してて! って、あなたは誕生日は家族でパーティーだよね。え、さすがに家族水入らずなところに入る勇気はないから、俺が合法的に入るために早めに結婚してください」


「えっと……。……本当に気にしないで? 充分嬉しかったから」


 自然な流れでプロポーズしてくるアルのかわし方が分からず、笑顔が引きつりそうになったルシルだったが、なんとか笑みを浮かべる。

 彼の直球な発言にどう返したら良いか分からず困ってしまうことの多いルシルだが、彼のそんなところは嫌いではなかった。

 彼からの贈り物を掲げてみせてお礼を言う。


「ありがとう、アル」


 彼女の言葉に、その柔らかな微笑みに、アルは嬉しそうに笑った。


 もうすぐ分かれ道というところで、ルシルは足を止めてアルに視線を向ける。

 『またね』と言って別れるつもりだったのだが、彼に『送るよ』と言われてしまう。

 それはいつもの流れであり、彼が『分かった、またね』と言って、素直に自分に背を向けて帰宅する人間ではないということをルシルは知っていたが、それでもこれが彼らの分かれ道でのお決まりのやり取りのようなものだった。


「ごめんなさいね、アル。いつも送らせてしまって」


「えー、謝らないでよー。俺があなたと少しでも長くいたいだけだから!」


 申し訳なさそうにしているルシルにアルが明るくそう言う。

 ルシルはそんな彼の笑みを見て幸せな気持ちになり、『私も貴方といられるのは嬉しい』と、そんなことを言ってしまいそうになって。

 けれど、心に思い浮かべたその言葉は声になることはなかった。


「あのー、道をお尋ねしたいんですけどー」


 ふいに後ろからかけられた声にルシルが振り向くと、そこにはニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべた中年の男がいた。


「お嬢さん、ここ、どうやって行けばいいか分かる?」


「え。ど、どちらでしょうか……?」


 嫌な予感がしたルシルだったが、地図を広げて見せてきた男に、何もないうちから人を疑うのは良くないかと、近づいて地図を確認しようとした。

 しかし、後ろから腕を引かれ、ルシルはその場に踏みとどまる。


「あ、アル……」


「行かなくていいから」


 静かにそう言われ、やはり彼も目の前の男に嫌な予感を抱いていたのだと安心してアルの顔を見上げるが、彼から表情が消え、暗い瞳をしていることに気づき、思わず彼に恐怖を感じた。


 アルはルシルを隠すように自身の後ろに移動させ、男と対峙する。


「なんだ、賢いお嬢様もいたのかー。でも、残念でした! 女が力で男に敵うわけねーんだよ! ふたりまとめて売ったら高くつくだろうからな。恨むんじゃねーぞ!」


 ルシルは思い出す。

 今朝、ソフィアが、この辺りに変な男がうろついているらしいと話していたことを。

 実害が出ていなかったから分からなかったが、変な男の正体は人さらいだったのだと気づく。

 獲物を追い詰めるかのように、少しずつこちらに近寄ってくる男。

 恐怖はあった。けれど、それと同時に、この状況を切り抜けることができると確信していた。


「……彼女に汚いものを見せるなよ、馬鹿」


 聞こえた低い声に、ルシルはビクリと体を震わせる。

 その静かな声に、先程見た彼の殺気立った目に、ルシルは思い出した。

 彼は、ルシルのことになると相手を痛めつけることだけに意識がいってしまう獰猛な生き物なのだということを。


 男に向かって駆け出した背中に手を伸ばしたが、止めることはできなかった。

 次の瞬間には、地に伏せるのは見知らぬ男であることを、ルシルは知っていた。

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