お揃い、春、ルージュ
鏡の前で一回転する少女。ふわりと彼女のストロベリーブロンドの髪とドレスの裾が舞う。
「ねぇ、ソフィア。どこかおかしいところはないかしら?」
「……大変よくお似合いですよ、お嬢様」
もう何度目になるか分からないその問いに、ソフィアは遠くを見つめ、今日だけで何度も言っている言葉を返した。
早朝のルシルの部屋。今日は朝から出かけるらしいお嬢様のいつもならすぐに完了する身支度が、普段の倍以上の時間を使っても終わる様子が無く、それに付き合っているソフィアはだんだんと疲弊してきていた。
街に出かける時、普段であれば装飾が少なく動きやすいドレスを身に纏っているルシルだが、今日はいつもはクローゼットにしまっている細かな装飾が施された余所行きのドレスに身を包んでいた。
母からの贈り物であるそれは、大切にしているため、汚さないよう、まだ二度程しか着たことがない。
普段着のドレスも上質ではあるが、彼女が今身に纏っているドレスは更に値が張るものだった。
「本当に? 本当に大丈夫かしら? おかしなところはない?」
「ないですよ、本当に可愛らしいです、お嬢様……」
(だから、もう勘弁してください)
そう言ってしまいそうになるのを、ソフィアはぐっと堪える。
幼い頃からの婚約者に裏切られ、悲しい思いをしていた主人が、今こうして元の年頃の少女らしい笑顔を取り戻したことへの喜びがあったからだ。
それにしても、とソフィアは思う。
(今日はアル様とお出かけだと聞いていたのですが……)
同性の友人と出かけるにしては妙に気合いの入った身支度に、ソフィアは首を傾げつつも、ルシルの支度を手伝うのだった。
*
「こんにちは、ルシル様」
自宅まで迎えに来たアルの、いつもと変わらない完璧な可愛らしさに、ルシルは内心敗北を感じていた。
「ご、ごきげんよう……」
思わず声がこわばる。
早朝から必死に身支度をしたけれど、それでも彼の可愛さには勝てそうにない。
そんなことを思い、ルシルは肩を落とした。
「ルシル様、お借りしますね」
「えぇ。最近この辺りで変な男の人がうろうろしていると、ソフィア、聞いたことがありますので、特に気をつけてくださいね。おふたりとも可愛らしいですから!」
「はい、ルシル様はわたしがお守りします」
「ふふっ、アル様、冗談がお上手なんですね」
アルはルシルの後ろに控えていたソフィアに声をかける。
ソフィアに見送られ、ふたりはサフィレット家を出た。
他愛のない話をしながらしばらく歩き、辺りに人が少なくなってきた所でアルが突然ルシルの肩を掴む。
「ひゃあっ!? 何!?」
「そのドレス、すごく似合ってる! 可愛い!」
「えっ!」
突然のことに驚くルシルだったが、ストレートな褒め言葉に頬に熱が集まっていく。
「会ってすぐ思ってた。すっごい可愛い似合ってるって! あなたの家族の前ではしゃぐのもなーと思って我慢してたけど、やっぱり可愛いー! それ、俺は見たことないドレスだけど、ルシルの可愛さが爆発してて天才だよー!」
『ここの装飾ってどうなってるの?』と、アルがルシルのドレスを細かく確認し始め、ルシルは喜びと恥ずかしさで何も言えなくなってしまった。
女の子の姿をしているアルはとても美しく、ルシルは自分がどんなに着飾っても彼には敵わないと、そう思う。
事実、先程まで、彼と自分を比較して落ち込んでいた。
けれど、彼の『可愛い』という一言で、魔法にかけられたようにルシルは笑顔になれるのだった。
*
「わー! 素敵! ルシルはどう思いますか?」
アルはそう言って、自身の髪に花の装飾が施された髪飾りをあてて振り返る。
ルシルへの贈り物を探すためにと、アルが彼女の腕を引いて入ったアクセサリーショップ。
彼の選ぶアクセサリーはどれも上等でセンスの良いものであり、彼にとても似合っていた。
「えぇ。可愛いと思うわ」
ルシルは素直な気持ちを口にする。
「ほんと? じゃあ、これにしますか?」
「えっ」
けれど、彼のその言葉で、そういえば、彼は自分への誕生日プレゼントを探してくれているのだということを思い出した。
「そ、そうね……。私がつけるにはちょっと可愛すぎるかも……?」
「はー!? ルシルより可愛い物なんて、この世に存在しませんけど!?」
アルにはとても似合っているが、自分が彼と同じ物を身につけた時、彼と同じくらい輝ける自信がなかった。
「ふふっ、仲良いのね。お嬢さん達、どっちも似合うと思うわよ。お揃いでつけたらどう?」
店の奥から人の良さそうな女性が現れる。このアクセサリーショップの店主のようだ。
「わ! それ、いいですね! ルシル、お揃いでどうですか?」
「えっ、いい。やめておくわ」
嬉しそうにルシルに髪飾りをあててみせるアルだが、ルシルはその手から逃れようと身をよじった。
(アルとお揃いなんて無理!)
彼と同じものを身につけて、彼と同じくらい可愛くなれなかったら、失望させてしまうのではないかとルシルは思う。
そうなった時、とても耐えられそうになかった。
(失望って、誰に……?)
「そうですか、残念です。では、次に行きましょう!」
「え、えぇ」
自身の考えに疑問を抱いたルシルだったが、深く考える間も無く、アルに手を引かれて店の外に出る。
「でも、お揃いって憧れるんですよね。結婚式ではルシルとお揃いのドレス着たいなって思いますし」
「えっ」
(ドレスとかもっと無理!)
そう思ったルシルだったが、【結婚式】というワードが出たことへの照れの方が大きかった。
「け、結婚式って……」
「あ、違う違う、お色直しの話! 最初は一応王子として正装しますよ?」
ルシルがこぼした言葉に何か勘違いしたのか、女の子モードがオフになってしまった状態で慌ててズレた弁解をするアル。
そんな彼に、自分は彼からの結婚の申し込みを保留にしている状態なのだと改めて思う。
自分は何が引っ掛かっているのだろう。
彼が自分のことを想ってくれていることは嬉しいし、彼といると僅かに胸が高鳴る瞬間がある。
けれど、彼と結婚すると考えると、何故か踏みとどまってしまう。
「あ……」
ルシルのウェディングドレスをどこで仕立てる予定だとか一人で喋っている彼の隣で、ルシルは雑貨屋のショーウィンドウに飾られていた淡いピンクのルージュに目を奪われた。
(アルに似合いそうだわ)
どこか春の訪れを感じられるその色は、花のように愛らしい彼に似合うと直感的にそう思った。
「ルシルに似合いそうだね」
「!」
自分が思っていたこととある意味同じで、でも、正反対な言葉がすぐそばから飛んできて、ぼんやりとルージュを見つめていたルシルは飛び跳ねそうになる。
「プレゼントするよ」
「えっ」
ルシルを置いて店の中に入る彼の背中を慌てて追いかける。
(私が欲しいわけじゃなくて!)
彼を止めようとしたルシルだったが、アルはあっという間に会計を済ませ、店員にプレゼント用のラッピングを頼んでいる。
もう止めるわけにもいかなくなり、けれど、慌てていたルシルは勢いのままに、そばに展示されていた同じルージュを掴む。
「私もこれ買います!」
勢いよく少女にルージュを差し出された女性店員は驚いた様子ではあったが、アルとルシルの顔を見比べ、『お友達同士でお揃いですか? 素敵ですね』と営業スマイルを浮かべ、ルシルが差し出した物を丁寧に包んだ。
隣にいるアルの困惑した視線が自分に向けられていることに気づいていたが、ルシルはそれを無視して、自分が購入した春の色をしたルージュを店員から受け取った。




