顔の良さを再確認
朝からサフィレット家は大騒ぎだった。
サフィレット家の一人娘であるルシルに結婚の申し込みが来たのだ。
朝、ダイニングルームに足を踏み入れた途端、飛んできた父の大きな声にルシルは驚き、思わずよろめいた。
「る、る、ルシル! お、お前に結婚の申し込みが来ているんだが……」
何故か真っ青な顔をして声を震わせている父に驚いたルシルではあったが、結婚の申し込みという言葉に、『もしかしなくても、アルだわ』と、近々結婚を申し込むと言っていた彼の姿を思い浮かべた。
(行動が早いわね……)
迅速すぎる彼の対応に、妙に感心するが、視線をキョロキョロとさ迷わせている挙動不審な父に首を傾げる。
(どうしてそんなに動揺しているのかしら?)
不思議に思い、けれど、すぐに気づく。
アルは日常的に少女の姿をしている。
恐らく、父はそのことが引っ掛かっているか、もしくは、アルのことを少女だと思っているのだろう。
そう判断したルシルは、笑いながら父に声をかける。
「ふふっ、お父様。その方、女性に見えるかもしれないけれど……」
『男の人なのよ』とルシルが言う前に、彼女の父が言葉をかぶせた。
「る、ルシル! お前、この方とお知り合いなのか!? エーデルシュタイン国の第三王子、アルバート・エーデルシュタイン様だぞ!?」
「……誰?」
自身が思い描いていた人とは別の名が父の口から飛び出てきたため、ルシルは笑顔を消して純粋な疑問を口にした。
(いや、誰かは知っているけれど、何故!?)
隣国の第三王子であるアルバートは、必要最低限しか公の場に姿を見せず、彼の婚約者を決めるパーティーが開かれたことがあるらしいが、何故かどの令嬢も彼との婚約を嫌がったらしい。
彼の顔は国外で知る者はほとんどおらず、その噂から、とてつもなく醜悪な容姿をしているか、よほど気難しい人なのだろうと、そんな本当かどうか分からない話だけが一人歩きしていた。
「えっ、何……。私、その方とはお話したこともないわよ」
困惑しているルシルに、父もうんうんと頷く。
「そうだよな。この方は滅多にパーティーにも参加されていないし、お前と面識があるとも思えない。どこでお前のことを知ったんだか……」
父は釣書であろうものを見て、ため息をつく。
「ルシル。ローラルド様との婚約があんなことになって日が浅い。お前が嫌なら断っても構わないよ。この方からは、あまり良い噂を聞かないし、正直、可愛い娘をそんな人のところにお嫁に出すのは不安だからね」
そう言って釣書を閉じようとする父の手元を見て、ちらりと見えた姿絵にルシルはハッとする。
「えっ! お、お父様! 少しだけそれ、見せていただけませんか!?」
「え? あ、あぁ……」
突然興味を示した娘に困惑しながら、彼女の父は見ていた釣書を娘に手渡した。
ルシルは釣書をじっと見つめ、確信する。
(こ、これ、アルだわ!)
そこに描かれていたのは、見たことのない美しい青年だった。
面識のない、他国の王子。軍服を身に纏っている。
ルシルはこの人物を知らない。そうであるはずなのに、よく知っていると、そうも思った。
釣書に描かれた青年は、どこからどう見ても男性であるが、ルシルは容易に彼が少女の姿をしているところを想像することができた。
それは、彼女の妄想でもなんでもなく。
(あ、アルって、王子様だったのね……)
いくつも上質なドレスを所持しており、平民であるはずなのに何故か豪華な家に住んでいて、使用人がいる。その答えが、彼が王子という身分であるからだということに、ルシルは納得した。
女の子の格好をしたり、獰猛な面があったり、ルシルに手を出そうとした男をすぐに始末したりと、王子にしては自由すぎるとも思ったが。
釣書をじっと見る。
そこにいるのはよく知っている人のはずなのに、全く知らない人のようだった。
アルが少女の姿をしている時、彼のことを自分よりも可愛らしいと思っていたルシルだったが、今思うことは、それとは違っていた。
(……アルって、格好良かったのね)
無意識にそんなことを考えてしまった自分に驚く。
(え、な、なんで私……)
何故、彼の男性としての姿を見て、こんなにも動揺しているのか。
その答えは出そうもなく、彼女は父に『この人、お知り合いだったわ』とだけ、赤くなりそうな顔を誤魔化すように手で隠してそう告げた。
娘の突然の変わりようを目の当たりにした彼女の父は、姿絵を見た途端に彼女が態度を変えたように感じ、自分の娘は顔の良い男が好きなのかと衝撃を受け、カップを持つ手が震え、珈琲をこぼしてしまうほどに動揺したのだった。
*
アル、もとい、アルバート王子との婚約の話は一旦保留にすることにし、学園に向かったルシルは、ぼんやりとした頭で授業を聞いていた。
アルはいつも突然だ。
ルシルの元婚約者の浮気相手の女性として登場したかと思えば、一瞬でルシルの友人となり、かと思えば実は男性で、ルシルに求婚する。
彼といると毎日が落ち着かない。
少しでもルシルに気のある素振りを見せる男がいれば、アルはすぐに手を出してしまうので、彼といると気が抜けない。
彼への気持ちは、元婚約者の浮気相手としての苦手から始まり、友人としての好きへと変わり、現在は好きと苦手の狭間をふらふらとしている。
彼のことを同性の友人のような感じで見ているのか、それとも、恋愛対象になる異性として見ているのか。
出会い方が出会い方なだけに、ルシルはアルへの感情が分からなかった。
けれど、プロポーズされて、その場で断らないくらいには、彼に好意を抱いているのだと思う。
しかし、それは、結婚して彼と家庭を築きたいというような種類の愛なのだろうか。
そう自身に問いかけるが、答えは返ってこなかった。




