第2話 お上りさん
その日、郊外の森林地帯に生じた落雷と爆発に伴う停電により、都市に一時的な機能不全が生じたことをテレビやラジオ、インターネットが大々的に報じた。
事故か事件か、“敵”の襲来か。様々な憶測が飛び交いながらも、“ヒーロー”と民衆に呼び慕われている超人たちに守護された新興都市グレイシティはしかし平穏なときを送っている。
「ほえ~……ぴかぴかだー……」
歩道を行き交う人々が振り返る。
彼らの視線の先にいるのは自分たちとは異なる風体をした異様。特にあまりに美しく輝いて見えすらする髪と、そして背負われた剣の存在が目を惹く。
浮世離れしたセキレイは、浮世離れした光景を首が痛くなるほど見上げて、そんな間抜けなことを口走る。
立ち並ぶ高層ビルたちは陽光を受けてギラリと輝き、轟と音を立てて車道を駆ける鋼鉄の存在に身が竦む。往来する人の数は膨大で、身動きすることすらセキレイにとって億劫であった。
「ルシュ、どーしよ。なんかわたし、緊張してるカモ……」
目を白黒させるセキレイは堪らずに右腕の腕輪に宿るルシファーを呼ぶ。すると彼は昨夜のように光体として顕現せず、セキレイの意識へと直接語り掛けた。
『ここは我々にとって少々特殊な世界だ。ベイクも初めてここに似た次元に来たときは動揺してましたよ。あなたほどマヌケじゃなかったですが』
「マヌケぇ?」
対してセキレイも発音せずに意識下でルシファーと対話をする。
『とにかくここじゃ人々の往来の邪魔になる。セキレイ、人気のないところに移動しましょう。様子を見ないと』
「さんせー……」
ルシファーの意見に賛同したセキレイの意識からルシファーが退去し、セキレイは人々の中を歩み出す。――歩き出そうとして異変は起きた。
地鳴りがし、微かな揺れの後に車道が陥没したのだ。
歩道を行く人々は驚き狼狽し、逃げ出す者もいればその場で携帯端末を取り出し撮影を始める者もいた。悲鳴と驚嘆が飛び交い、陥没した車道に次々と車が飲み込まれてゆく。
皆の中でその光景に目を丸くしていたセキレイの頭に、またルシファーの声が響いた。
『車が……』
「なに……?」
『アレには人が乗ってる、助けるんだ。セキレイ!』
ルシファーが言い終えるが先かセキレイが群衆の中を飛び出し、そして車道へと躍り出る。
彼女の行動を知った人々は色めき立ちながら手にした携帯端末のカメラをその背中へと向けた。
すでに車の通行は止まっていたが一台だけ、穴に落ちかけている物があった。セキレイはその一台へと駆け寄って、浮き上がったリアバンパーを両手で掴まえた。
「うわっ、重っ!」
口ではそう言うセキレイであるが、少しずつずり落ちていた車体は停止。見ている場合ではないと何人かの男性が彼女の許へと向かうが、彼らの足もまた次々止まる。
彼らの目には今まさに、一人で車を引き上げるセキレイの姿が映っていた。やがて脱落していた前輪が地面へと乗り上げると、落下の心配が無くなった車から彼女は手を離す。
運転席と助手席、そして後部座席のドアが開き、車内からは両親とその子どもであろう兄妹が出て来て互いに抱き合った。
「良かった……って、なにこのニオイ……?」
救うことの出来た命を前に、救えなかった命を憂うセキレイの鼻を異臭がついた。むせ返るような生臭さ、獣の臭い――
彼女が耳を澄ませると、親子の泣き声も人々の声も足音も消えてゆく。そして残ったのは荒い吐息と無数の爪音。それが近付いてくる。登ってくる。
「みんな、逃げろーーっ!!」
セキレイが叫ぶのと、陥没した地面からそれが出てくるのは同時であった。