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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第七章 ツィトロンの花咲く都
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【八】 そも妖術とは

「親方! ギャリコ親方!」

工房入り口で大きな声で呼ぶ青年がやってきた。

ギャリコがその声を聞き、受付の少年から連絡を受けると、自ら入り口のところにやってきた。

「やあ、アントーニオ、調子はどうだい」

アントーニオはいささか不機嫌に、

「せっかく暇ができたっていうのに呼び出されて、いささか気落ちしているところです」

と、正直に言ってしまった。

「あん? ラボージェのところの娘と乳繰り合ってたのか、そりゃすまなんだ」

と下卑た笑いを浮かべながら、ギャリコはアントーニオを中へ迎え入れる。


「そんなことしてません」

とますますつむじを曲げて、アントーニオは答える。

「はは、冗談が過ぎたか、いつものように絵の勉強だったかね」

「当然です、俺たちはまだ半人前にすらなってないんですから」


工房内のアトリエに迎え入れたギャリコは、アントーニオにも座らせて、自分も椅子に座る。

「そこでだ、どうだ、勉強だと思って、俺の仕事を手伝わんか」

と持ち掛けた。

「それは、仕事を回してくれるってことですか?」

とたんにアントーニオの眼が輝きだす。

「もちろんだ。もっとも俺の仕事だから、壁画や風景画じゃなく、肖像画だがな」

「詳しく聞かせてください」


かねてより注文を出してくれるノルドハイムの魔術王子からの依頼で、フネリック王国王族の若者を絵にする仕事を引き受けた。

その王族は三人で、皆十代。

そしてうち二人が少女なので、どちらか一人をおまえにまかせてみようと思う、と伝える。

「もうかなり心が浮き立ってます。その王族って方とはいつ会えますか」

「まぁ、急くな。向こうも遊びで来ているわけではなさそうだしな」

そうそう、と言いながら、ギャリコは先日スケッチしたラフ画を持ってくる。

「とりあえず下絵にしようと思っているラフだ。見るか?」

そう言ってアントーニオに数枚のスケッチを差し出す。

ニコニコしながらそれを受け取って、パラパラと見ていると、ある絵の上でアントーニオの眼が釘付けになる。


「これは...この人は...異教の女神?」

思わず脱力しかかるギャリコ。

「何バカなことを言ってるんだ。王族の姫が異教徒なわけないだろ。それに女神って」

だが親方の言葉も耳に入っていないようで、じっとそのスケッチを見つめ続けるアントーニオ。

「そうか、北方の王族だったのか、そうか」

とまるで独り言のようにつぶやく。

「御執心だな、以前見たことがあるってことか?」

「ええ、先日、サン・マルコ教会に来られていたのをたまたま目撃しました」

「それじゃ、その赤髪の姫さんを、お前にまかせるとするかな。もちろん最後の仕上げは俺がやるが」

そう伝えるが、アントーニオの心は、まさにその絵の中に囚われてしまっていた。



所変わってここはサン・ルカ市街、ポロネツ地区。

パトルロの屋敷で、パトルロ、ロベール、ルーコイズ、そしてノトラの四人が報告と今後の始末について話しあっていた。

「そんなにやっかいなのか、そのフネリック王国の法術師は」

ルーコイズが問うと、ノトラが頷く。

「フローラはここに連れて来た妖術使いの中でもかなりの腕だった。それがあんなに簡単にやられるとは」

「つまり、お婆の妖術師では歯が立ちそうにない、と言うことか?」

「ふん、そも妖術というのは、相手の心の隙を見て術中にとらえるものじゃ。魔術師のように正面から一対一で張り合う性質のもんじゃない」

パトルロが尋ねる。

「すると、ノトラ殿でも一対一だとその法術師にはてこずりそうなのか」

「魔術師ではないので、正面から一対一になればあんまり勝機はないかもしれん」

「わかった。では次はルーコイズ殿にやっていただくとするか」

パトルロがそう言うと、

「了解しました、パトルロ様。申し訳ないが、お婆は、次は見ているだけにしてくれ」

ノトラが頷くと、「少し休ませてもらう」と言って退室していった。


「どうされた、ルーコイズ殿。やけに嬉しそうですが、ノトラ殿も仲間だと言うことをお忘れなく」

ロベールがそう言うと、

「嬉しいのは確かだが、それはノトラが失敗したからじゃない。儂の出番がまわってきたからだよ」

ルーコイズがそう言って、パトルロに向き合う。

「ヌルルス様が、ジャスペール様の方を先に指名されましたからな」

そう言ってニヤリと笑い、こちらも退室していった。

残されたロベールは

「私も傍観しているだけで良いですか?」とパトルロに尋ねる。

「そうだな、ルーコイズはジャスペール同様武闘派だから、お前は参加せずともよいが、機会があれば我々も動く準備はしておこう」

と言って、仕掛けの算段をするのだった。



ギャリコと会った翌日、ディドリクはメシューゼラとアマーリア、それにブロム、ペトラを従えて、教皇庁へ向かっていた。

ケルティーニから「トマス・マーブリアンに会いに行け」と言われていたことを思い出したからだ。

庁舎入り口で面会を求めたら、意外にあっさりと許可されて、建物の中に入れてもらった。

サン・マルコ教会がそうであったように、ここ教皇庁も内部は天井が高く、空間の広がりを感じさせるつくりになっていた。


待合室で待たされた後、マーブリアンとの面会となった。

彼がいる部屋の扉を開けると、中央の書机に中年から初老に差し掛かろうとする人物が座っていた。

どうやら彼が、トマス・マーブリアンらしい。

トマス・マーブリアンは教皇代理、と聞いていたが、どうもその姿が思い出せない。

戴冠式で会っていたはずなのだが。

今、目の前にいる人物がそうだと言われても、少し自信がなかった。


「猊下、突然の訪問にも関わらず、面会の許可をいただき感謝に堪えません」

そう言って、ケルティーニから預かった書付を渡す。

「私は教皇ではないから、『猊下』と呼ばなくても構わないよ」

そう言って、優しそうな笑顔を浮かべる。

ケルティーニや、教会で会った側近たちとはまるで毛色が違う印象だ。

「ケルティーニ師からうかがっていたからね、硬くならずともよい」

そう言って、椅子を勧められたので、一同机を前にして、向き合って座った。


「まず最初に言っておきたいが、私は法術師である以上に教皇庁の人間だ。したがってその立場の方が優先される、ということを覚えておいてほしい」

そう切り出したマーブリアンが続けて

「帝国内に暗殺隊のような組織が暗躍しているるのは好ましくない。だが我々は政治的活動はできない。協力には限界がある」

その他、法術師というだけでの理由で協力はできないが、暗殺隊を排除したいとの思いが共通であることなどが語られた。

一通り説明を受けて、ディドリクは切り出してみる。

「ケルティーニ師はなぜ帝都の法術師シシュリーを敵視しているのでしょうか」

「シシュリー?」と聞き直して、

「ああ、白い少女のことか。そりゃあ鬼眼の持ち主だからだろう」

鬼眼!

シシュリーも最初、そんなことを言っていた。

ケルティーニとの対話で出てきた天眼と関係があるのだろうか。

そしてそれが自分の体内にある可能性も示唆されていたことについて、ディドリクは何か不気味な感覚に囚われてしまった。

「鬼眼とは、何ですか?」

ここまで黙っていたメシューゼラが、素直に疑問を口にした。

ディドリクに向けていた視線をメシューゼラに移したマーブリアンは、

「残念ながら法術師でない者には伝えることができないのだよ」

と優しく、しかしきっぱりと言われてしまった。


マーブリアンとの対面は、単なる顔合わせだけに終わってしまった。

「なかなかのくわせ者ね、あの男」

と、過激な言葉を口にするメシューゼラ。

「法術師って、見るだけで相手がそうかわかるものなの?」

そうディドリクに聞くが、ディドリク自身も今まで法術師にはほとんどあったことがなかったので、答えにくかった。

「隠匿、秘匿を原則とするからなぁ、法術は」

そう言ってお茶を濁す程度だが、メシューゼラは少しふくれ気味。

だがディドリクにも答えにくい問題だ、というのはわかったようで、それ以上のつっこみはしなかった。

そしてもう一人、ペトラもシシュリーの名前が出てきたことについて、聞きたそうな顔をしていたが、こちらも説明はもう少し待ってもらうことにした。

鬼眼そのものについても、ディドリクにもまだわかっていなかったから。


教会を出たディドリクは前日の肖像画の件を思い出して、ギャリコの工房を尋ねてみようか、と考えていた。

その矢先。

「兄様!」

アマーリアが後ろからディドリクの帯を引く。

シュッ!

頬の傍らを、矢が通り抜けていった。


小さな路地から撃たれたその矢を見て、ブロムが飛んでいく。

残った四人は路地の影に身を潜めようとするが、そこに半裸の巨漢が現われた。

その男を中心に靄が立ち込め、周囲の街並みがすっかり隠されてしまう。

メシューゼラが切りかかろうとしたので、

「ダメだ、あれは幻術だ」

とその腕を取ってディドリクが引きとめた。


「アマーリア!」と呼び、結界の構築を命じる。

すると、その障壁結界の上に、剣が振り下ろされる音が響いた。

幻術で視界を奪い、実行隊が切りかかってきたのだろう。

同時にアマーリアが認知結界を二重に展開し、索敵する。

その情報を共有して、ディドリク、メシューゼラが攻撃開始。

だがディドリクが風刃を投げつけるも、手ごたえがない。

おかしなことに、短時間で靄ははれていった。


路地からブロムも戻ってきて、逃げられてしまった、と告げるが、幻術だとするとそもそもそこに人がいたのかどうかも怪しい。

「暗殺隊でしょうか」とペトラ。

「たぶんそうだろう、僕たちの顔を同定したかったのかな」

しばらく警戒したが、その後襲ってはこなかったので、工房行きは断念して、一度大使館に戻ることにする。


ディドリク達一行がその場を立ち去ると、彼らに対して靄を張って視界を奪った巨漢とルーコイズがその姿を眺めていた。

「頭、あれが標的ですかい?」

ルーコイズの後ろから、浅黒い小男が出てきて尋ねる。

「そうだ、分断策がベストだが、一度タルキスで失敗しているらしいので、警戒されているのかもしれん」

そう言ってルーコイズは、その周辺に次々と集ってくる影法師たちに告げた。

「あの護衛ともども相手にすることになるだろうな」

「教皇代理はどうします?」

灰色のローブに身を隠した魔術師が問う。

「今は置いておこう。まず法術師を始末する方が先だ」とルーコイズは語る。

彼らはまだ教皇代理が法術師であることに気づいていないのか?

ともかく、次の機会に決戦するべく、ルーコイズは手練れの者に、ディドリク達の顔を刻みつけさせた。

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