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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第七章 ツィトロンの花咲く都
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【六】 夜襲

ディドリク達がサン・マルコ教会から帰ってくる少し前、メシューゼラ付きメイド・ノラが大使夫人にお誘いを受けた。

「ノラさん、少し市街へ買い物に行ってみませんか?」

フネリック王国大使ボーメン卿夫人のお誘いをノラは喜んで受けて、護衛一人を連れて、出かけて行った。


大使館は教皇庁北側に位置しているため、サン・ルカ市街が一番近い。

大使夫人に付き添われて、ノラは市街を散策。

護衛としてついてきたのは、ラディッツという無口で骨太の巨漢。

武装はしていないのだが、その巨体がかなり目立つ。

買い物があるので、護衛役と言うより荷物持ちのような感じだったので、巨漢が選ばれたのだろう。


夫人が言うには、王族が予想より早くついてしまったので部屋の装飾がまだ終わっておらず、布や壁紙、花などを買いたいと言うことだった。

確かに昨日の寝室は、少し埃っぽいような気がしていた。

別の職員が今朝王子たちが出かけたあと掃除していたので、埃っぽさは解消しただろうが、依然として殺風景だ。

レースの布や、花鳥がプリントされたシーツなどを買うと、露店として出ていた花売りが目についた。

「ここの店は知らないわね」

こうつぶやきながら、積んであるポットや花瓶にさされた花、まとめられた生け花などを覗いてみる。

すると、ここ南方でも珍しい青いアガペー・アントスが並べられていた。

「まあ、アガペーの花だわ」

大使夫人が手に取って眺めてみると、教皇領や北部ジュードニアにみられるような水色の花ではなく、濃い青紫。

「これはもっと南方の産かしら?」

そう思って店番をしている老婆に尋ねると、

「へえ、カリペラの港から入ってきました」

と答える。カリペラはジュードニア南方、南大洋に面した港町だ。

おそらく大洋の南側、灼熱大陸の方から渡ってきたものだろう。

ほのかな香りも心地よく、夫人はその花をポッドで数個買い、次は小物を探して南下していく。


大使館邸に戻り、ノラはボーメン夫人とともにディドリク達が寝室として使えるよう、三階の小間を掃除し、寝台などを置いていった。

予定よりかなり遅く、王子、王女の一行が帰ってきた。

みな一様に疲労の色が隠せない。

しかし三階に用意された王族の寝室を見せられて、かなり落ち着きを取り戻していった。

大使館邸の宿泊施設は主に二階で、そちらはジュードニアや教皇領の公人が来ても泊まれるようにしてはいたが、兼用にはしたくなかった。

それで昨夜は二階客間での共同部屋状態だったのを変えて、三階の小さな部屋郡を整理し直したのだ。

真ん中の階段を境にして、西側を王族の部屋とし、階段側からディドリク、アマーリア、メシューゼラと、割り振られる。

三つの部屋は廊下側に一つ、そしてそれぞれ隣の部屋に面して一つ、ドアがついていて、廊下に出なくても出入りできる。

そして階段の東側には、ノラ、ペトラ、ブロムなど。こちらには部屋同士が繋がった扉はない。

部屋には小さいものながら壁紙が吊るされ、窓枠にはカーテンにレースが飾られていた。

寝台だけでなく書机も持ち込まれており、寝るだけの部屋ゆえ狭くはあるが、そこそこ快適に整えられている。

ディドリクは夫人やノラ、そして家具を運び込んでくれた所員らに礼を言って、夕食、そしていささか早いが就寝となった。



疲労もあり、深く眠り込んだようだったが、それでも傍らで妹が起こす声を聞いて、目が覚めた。

寝間着姿のアマーリアが自室を抜けてベッドの傍らにいる。

「どうした? また寂しいのかい?」

眠い頭を揺り起こしながら、聞いてみる。

「兄様、何かが来ます」

なにか? ディドリクはまだ少しぼんやりしていたが、アマーリアの顔に少し恐怖が混ざっているのを察して、頭を覚醒させていった。

認知結界を習得してから、アマーリアの危機管理能力は日に日に向上していた。

恐らく、それによるものだろう。


神経を研ぎ澄まして、外の廊下に注意を向けると、確かに誰かが廊下を歩いて近づいてくるのがわかる。

不寝番の見回りか? というのが頭をよぎったが、ここ教皇領大使館では不寝番は邸内には入らず、外の詰所にいる。

すると賊が侵入したのか、と考えて、こっそりベッドを抜け出し、ベッドには枕を入れて偽装した後、アマーリアとともに書机の下側に隠れる。

アマーリアはディドリクの胸に強く抱き着いて声を殺しているが、小さな震えが伝わってくる。

廊下の足音は部屋の前で止まり、ドアがゆっくりと開く。

窓からの月明かりはあるものの、とても人物を判明できるほどではなく、人影がゆっくりと入ってくる。

ディドリクはアマーリアに、もう一人の妹メシューゼラに首飾り通信による念話で伝えるように指示を出す。


その人影が寝台に近づいてきたとき、月明かりを受けて何かがキラリと光った。

剣だ!

その人影が寝台に向けて柄を上に、刃を下にして、大きく腕を上げて、振り下ろす。

ドカッという音がして、ディドリクが寝ていた場所に剣がふるい下ろされる。

その動作を4~5回したあと、部屋の照明用として四隅につけられている魔石による石灯に灯りを入れた。

パッと室内に広がる照明。

そこで剣を持ちながら立っていたのは。


ノラだった。



「え!?」思わず声を出してしまったアマーリア。

その瞳は驚愕と恐怖で見開かれていた。

その時首飾り通信で呼ばれたメシューゼラも眠い目をこすりながらやってきた。

だがアマーリア同様そこに繰り広げられている場面を見て凍り付いてしまう。

自分付きのメイドが剣を持って、兄と対峙していたのだから。


だがディドリクが咄嗟に飛び出し、剣を持つ手をつかみ上げて剣を叩き落とし、ノラの両腕を寝台脇にあった止め紐で後ろ手に縛り上げる。

なんなくノラの動きを封じることができたが、この時ノラは抵抗するでもなく、戦うでもなく、なすがままにされていた。

ディドリクがノラの顔を改めて見ると、目が見開かれ、焦点が定まっていない。

(操られている!?)

そう感じたが、同時に二人の妹に念話通信で音を出さないように注意させる。

誰かに操られているとすれば、ノラの眼と耳を通じて音と映像を拾っている可能性を感じたからだ。


ノラが無抵抗なのを確認して再び照明を落とし、アマーリアに大使館周辺を索敵させた。

(倉庫横の叢林に、一人います、じっとこちらを注視しています)

(その後ろに数人が固まって、同じようにこちらを見ています)

(さらにその集団の後ろに、異様に強い悪意を持った存在がいます)

アマーリアの認知結界を通じて次々と報告される情勢。

どうやら夜襲を仕掛けられたらしく、あまり悠長に観察しておれない情勢だ。


ディドリクはノラをメシューゼラにまかせて、書机から、ヘドヴィヒがタルキスで戦った時に奪った筒玉の筒をそっと取り出した。

そしてアマーリアに正確な位置を再度測ってもらい、窓を少し開けて狙いを定める。

ノラが時々動こうとして手足を動かしているので、囚われたとはまだ気づいていない、と判断して、ディドリクは筒玉を撃った。

それは音のする金属球ではなく、方向を固定して空気弾を放ったのだ。

なにかが叢の中で倒れる音が聞こえた。命中したようだ。

同時に、ノラの動きもとまり、ぐったりと脱力して頽れるように倒れる。

メシューゼラが驚き心配して息を確認すると、通常の呼吸。

おそらく暗示者が倒されて、暗示が解けたのだろう。


ディドリクは二人にここにいてノラの介抱を任せ、音もなく廊下に出る。

急ぎペトラとブロムを起こして、夜襲をしかけた賊を捕獲しに行った。

同時に、ノルドハイム王国空陣隊の笛を一吹きして。



ガドゥアの森でのグレゴールとディドリク達の戦いを遠目に見ていたノトラ率いる妖術師たち。

ペトトがディドリクに倒されたのを見て手勢を集めた。

「今度はわしたちの番じゃよ」

と、少し唇をひねったようにして笑い、一人を尾行させた。

この戦いの少し前、市街地に潜んでフネリック王国大使夫人に青い妖花を買わせていた。

(あの花の花粉はフローラの術を助けてくれる)

こう思っての仕掛けだったが、思ったより早く対決になりそうだ、とも考えていた。


馬車を尾行したパラが戻ってきたので、大使館裏手に移動し、夜を待つ。

やがて館内が寝静まった様子を見て、妖術部隊の中から一人の女が術を仕掛ける。

大使館内部に飾られた青いアガペーの花。

愛の女神の花とも呼ばれるこの花から花粉が舞い、フローラの思念を受け取る。

そして近くにいた女、睡眠中のノラにとりつくことができた。

フローラはノラの神経に割りこみ、意識の支配に成功する。


フローラの意識が入ったノラが起き上がり、暗殺をやらせる。

しかしメイドの部屋ゆえに武器になるようなものもなく、すぐに向かわずに階下に降りて、軽い細身の剣を探し出してきた。

ここで時間がかかったのが原因で、アマーリアに感知されてしまったのだが、全員寝込んでいると思っていたフローラはそれに気づかない。

できるだけ音を立てず、万一誰かが起きてきても視界にとどまることがないよう端をこっそり歩き、三階に戻る。

ディドリクの部屋のドアをあけ、中に入る。

ノラの眼を通して寝台を確認し、そこへ迫り、剣で突き刺す。

フローラはここまで、誰にもバレていない、と思っていた。

だが感覚を支配できるのは視覚と聴覚だけだったので、刺殺できたのかどうかがわからない。

念のため、数回刺した後、部屋に灯りがついた。

そしてさらに、どういうわけか両腕の動きが止まった。

「気づかれたのか?」と思い、いくつか試行錯誤した後、背後に控えていたノトラに指示を仰ごうとして、後ろを振り向いた、その時。

何かが胸板を貫いた。

原因もわからぬまま、フローラはうしろ向きに、からだをひねったまま倒れる。

一方ノトラは、フローラの術が破られたことは悟ったが、状況が把握できないでいた。

そして、目的の人物が身近に来ていたことを知る。

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