表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第七章 ツィトロンの花咲く都
92/165

【五】 ネズミとヤシガニ

「性急でございますな」

師の前であっても深くフードを下ろし、この夏の暑熱の中でも肌を見せないメルトンが言った。

「あの者にしても、白い女にしても、我らの敵と決まったわけではありますまいに」

「決まってからでは遅いのだよ」

と、ケルティーニは寂し気に、そして呟くように自身の高弟に言う。

「わしにはもう時間がないからな」

ケルティーニはディドリク達が去った後も両足を寝台に突っ込んだまま思索していたが、ようやくそこから痛んだ足を出して、出かけようとする。

「また出歩かれるのですか?」

心配そうにもう一人の高弟コロルが言い、近寄って肩を貸す。

「魔法博士の系譜を完成させないまま、死ぬわけにはいかんからの」

そう言って、二人の高弟の肩を借り、部屋を出て、さらに内陣にある禁書庫へと向かっていく。

「完成しておる部分だけでも、お前たちに見せておきたい」



サン・ルカ教会市街地で遭遇したディドリク、ヴァルターたちと、ジャスペールの元配下グレゴール。

グレゴールは天から降ってきた女の声に気づき、そちらの方向を見て驚いた。

三年前、帝都で敗走させられた金髪の魔術師がそこにいたからだ。

フネリック王国の法術師ディドリク王子とともに。

「まずい」

そう判断して、後衛についていた三人の男に目配せして、市街地西地区の森へと走る。

「ラゴール、お前はパトルロ様の屋敷に戻り、増援を頼んでくれ。俺たちはガドゥアの森でパトト達と合流する。」

三人のうちの一人が元来た方向へ戻っていく。


ヘドヴィヒの大声で気づかれてしまったディドリク達一行は、グレゴールとその仲間が突如西へと走り出したのを追跡する。

「おかしい」

ヴァルターの声にディドリクが反応する。

「どうしました? ヴァルター」

「なぜあいつらは拠点に戻らず、森に向かう?」 

「ヴァルター、一人だけ拠点に戻ったようです」

アマーリアがこう告げると、ヴァルターはそういうことか、と頷いた。

「恐らく森で決戦するつもりだ。そこになにか仕掛けがあるか、仲間がいるか」

「なんかワクワクしますね」

ヘドヴィヒが嬉しそうに言うので、

「おまえのせいで不利な戦いになるかもしれんのだぞ」

とヴァルターに睨まれてしまった。


「パトト、ピポポ、いるか!」

森に入るや、グレゴールは大声で叫ぶ。

「以前、話したターゲットが来た、後は頼む」

そう言ってさらに森の奥へと入っていく。


少し遅れて森の入り口に着いたヴァルターは、森の中からざわめきのような音を聞いた。

そこから走らずに徒歩に変え、少しずつ進んでいく。

「何かがくる」

そう言って背後のディドリク達に注意を促した。

音はどんどん大きくなってきて、ついにその姿を現す。


木々の間から見えたその巨大な姿。

それはヤシガニだった。

いや、厳密にはヤシガニのような節足動物ではなく、内骨格も持った巨大魔獣なのだが、外形は外骨格を持ったヤシガニに見えた。

だがフォルムこそヤシガニのそれだが、比較にならないほどの巨体。

地面からの体高は5~6m、体長は7~8mもあり、しかもかなり敏捷。

全身を分厚い外骨格に覆われている点は節足動物が巨大化したもののように見えるが、脊椎など内骨格を持っている。

それゆえ敏捷さが生まれ、八本の脚部が自在に動き、しかも速い。

「サンハキだ」

ペトラがこう言ったので

「サンハキ?」

と聞き直すディドリク。

「この南方、海岸地方に住んでて、かなりおとなしいはずなんですが」

そう言うと、この巨大なサンハキの上に人影が見えた。

「グレゴールの旦那、そいつらですかい?」


「増援も頼んだ、ペトト、おまえはここでやつらの足止めをしろ」

そう言うや森林に逃げ込んでいく。

サンハキは前肢の巨大な鋏を振り上げ、ディドリク達一行の真上から振り下ろす。

散開したものの、まるで巨大な杭が頭上から落ちてきたようだった。

鈍い音を立てて地面にめり込んだ鋏脚を再び上に持ち上げて、狙いをつける。

だが七人がそれぞれ散開するので、そうそうあたらない。しかし。

「気を付けて! あいつの武器はむしろ」

ペトラがこう言いかけると、サンハキはディドリク目掛けて、頭胸部中央にある穴から、線状に液体を飛ばしてきた。

長さは1mほど、細さは数cmもない液体が糸を引くかのように猛スピードでディドリクを狙う。

咄嗟に交わしたディドリク、すると彼の背後にあった太い木にその液がかかった。


シューッ!

液が掛かったその樹木は縦に真っ二つに割かれている。

「酸か?」と、ディドリク。

サンハキとはつまり「酸吐き」

消化器の中で塩酸を作り、それを前部頭胸にある塩酸嚢に貯め、外敵に攻撃された時などに相手に吹き付けて難を逃れるのだ。

しかもその塩酸嚢に貯められている間、生体内凝縮が起こり、さらに強い強酸になる。

縦に割かれた木を見てその威力を見ていると、次は前脚の鋏が襲い掛かってくる。


ディドリクが襲撃されているのを見て、黒色の痩身戦士ブロムが側面に回り込み、側脚に切りつけた。

だが、硬い!

まるで金属ではないかと思えるほどの硬さで、ブロムの剣がはじかれた。

ペトラがブロムに叫ぶ。

「外骨格は剣を通さない! 狙うのは脇腹か、関節だよ」


「そうはさせるか」

背中に乗った人物が言うと、側脚がブロムを襲う。

前脚の鋏脚ほどではないが、巨大な側脚が持ち上げられ、ブロム目掛けて落ちてくる。

速度に自信のあるブロムゆえ、その程度ならよけられるものの、自在に動く脚部とその速さにはてこずりそうだ、と直感した。


「ピポポ、お前もいけるか?」

森林に逃げ込んだグレゴールが、潜んでいたもう一人の男に声をかける。

「今から突撃します。旦那方は身を隠していてください」

その声を聞いて、グレゴール達は岩陰に身を潜めた。


また別の音が聞こえたが、次は複数、しかも全体が見えないほど速い何かが、地面の上スレスレに滑空するように飛んできた。

サンハキの後ろから、その丸いものが突っ込んでくる。

数は5~6体、毛玉のような表面で、大きさは成人より小さい程度なのだが、丸まっているため成人と同じ程度に見える。

それが走るのではなく、地面の上を滑空して飛んできたのだ。

そしてその丸いカラダの前方部には、鋭いナイフのようなものが飛び出しており、それが相手目掛けて突っ込んでくるのだ。

(よけきれない!)

そう判断してディドリクは、剣を抜いて、そのナイフ状のものを受けようとする。

鋭い金属音のような音を立てて、その突っ込んできた丸いものをはじくことができた。

だがその球体は、一行をすりぬけていくと上昇して円を描くように反転して、元の場所に戻っていき、再びつっこんでくる。


「飛ぶ相手なら」

そう言ってヴァルターが二度目の襲撃の時、宙に舞った。

飛行術でその数体の突進を上にかわし、その上空で同時詠唱していた青焔術を展開する。

ヴァルターから放たれた数条の炎が、一頭の球体をとらえ、焼いた。

燃えながら上昇したものの曲がり切れず、木にぶち当たって一頭が落下する。

それを見た一同、「ネズミか?」ともらしてしまう。

確かにこれも体形は大型のネズミ(ラット)のように見えた。

前方についていたナイフ状のものは、その下顎部から生えている歯だったのだ。

灰褐色の体毛に覆われているが、羽根や翼のようなものはなく、恐らく魔力で飛翔する魔獣なのだろう。

だが、観察する間もなく、サンハキの前脚が襲い掛かる。


体勢を立て直した空飛ぶネズミの一群も、また一直線に一行目掛けて突っ込んでくる。

アマーリアと、ヴァルター護衛のクレーベルが物理結界を張るが、ネズミのスピードが速く、鋭利な歯の攻撃には対処できてもその衝撃で吹き飛ばされた。

サンハキの背後に回り込んだブロムがヘドヴィヒに声をかける。

「ヘドヴィヒ殿、あいつの上に私を運べますか」

「やってみる」

ヘドヴィヒがブロムの腋に手を回して、飛行術で飛びあがる。

サンハキの操縦者ペトトがディドリクに集中していたためスキをつかれ、背後をとられてしまう。

サンハキの背に飛び乗った二人だったが、その揺れで操縦者に近付けない。

「それでも、あの酸の攻撃は、背側や背後には届かないみたいね」

そう言って、ヘドヴィヒが操縦者目掛けて、風刃を放つ。

しかし揺れている背中の上なので当たらない。


背中に乗った二人めがけて、側脚の一本が器用に軸を曲げて横から襲い掛かる。

「こんな芸当もできるのか」

そう言いながら、ブロムがその脚の爪を剣で受けた。

確かに器用な脚だったが、移動と体重を支える役割を担っているため、背中の上にまで出せるのはせいぜい一本。

それをブロムが抑えている間に、ヘドヴィヒが風刃を放つのだが、揺れが大きくなかなか狙いがつけられない。


操縦者ペトトは、サンハキの背中に上ってきた二人に気を取られてしまった。

髭面の中年で、その両手はサンハキの頭胸部上方に突き出た触覚を握ってコントロールしている。

自身の魔力をサンハキに注ぎ、本来守備型のこの魔獣を振動させ、揺らしていた。

その右足に、何かがからみつく。

見るとそれはチェーンの飾り紐。

その先を見ると、サンハキの下まで来ていたディドリクが片方の端を握っていた。

そしてそれが、ペトトが見た最後の光景だった。

全身に強烈な衝撃を受けて、ペトトがサンハキの背中から、黒焦げになって落ちる。

ディドリクの雷撃が、ブロムとヘドヴィヒに気を取られていたペトトを襲ったのだ


操縦者を失うと、サンハキの動きが鈍くなり、やがて止まった。

八本の脚を丸めて守備モードに入り、動かなくなる。

関節と腹部を隠し、まるで大きな岩の塊のようだ。

ディドリクとブロム、ヘドヴィヒがそのカラダから離れると、ジリジリと森の方へと後退して行く。

操縦者がいなくなり、本来の守備的な姿に戻っていったのだろう。


空飛ぶネズミの最後尾に、まるで馬のように鐙や轡を付け、首輪から回した革紐を使って乗っていたピポポもこれを見て、ネズミたちを退却させる。

「アマーリア、メシューゼラ、無事か?」

ディドリクがネズミの退却を見て、妹たちに声をかけると、メシューゼラが藪の中から顔を出した。

アマーリアはクレーベルとともに、物理結界が弾かれて大樹の陰に逃れていたが、こちらは軽い打撲程度。

ヴァルター、ペトラも戻ってきて集まると、状況の確認を行った。

「増援を呼ぶ、とか叫んでいたみたいだったけど、来るかな」

とヴァルターが言う。


一方、サンハキの上から落ちた操縦者の死体を見て、ペトラが

「殿下、こいつ、ロガガと同じムシゴの民です」

と、ディドリクに告げた。

「魔獣使いの一族か」

ヴァルターもそれを見てこうもらすと、

「本来南方にいたムシゴの民だから、いたとしても不思議はないけど、あの暗殺隊に加担しているのは間違いないみたいだな」

と言って、ディドリクを見る。

姉ジークリンデがロガガを警戒していたのは、こういう理由からだよ、とでも言わんばかりの表情で。

ディドリクはそれには答えず、

「どうしましょうか、いったん戻って体制を立て直すか、ここで迎え撃つか」

と聞いてみる。

「当然迎え撃つべきです!」

と戦い足りなかったヘドヴィヒが鼻息荒く会話に割り込んでくる。

「ここで迎え撃った方が、あいつらの拠点もわかりますし」

だがディドリクは

「僕の意見としては、いったん戻って立て直したい」

と言ったので、ヘドヴィヒがものすごい不満顔。

「それに、おそらく連中の拠点もわかったから」

ヴァルターはこの発言に少し驚いたようだったが、それに従うことに決めた。


フネリック隊は待たせてあった馬車に乗り、ノルドハイム隊の三人は先に行かせた馬車目掛けて飛んで行った。

だがフネリック隊の馬車には、背後から一人、しっかりと尾行する影があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ