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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第七章 ツィトロンの花咲く都
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【四】 会敵

教皇庁に赴いたノルドハイム王国正嫡第2王子ヴァルターは、そこで運よく教皇と面会できた。

運よく、と言うのは、本国出立前に訪問の予定はとっていたものの、教皇は高齢からくる衰えで、体調を崩していたからだ。

それで他国への公式訪問は控えていたのだが、来訪については予定通り行えた。


教皇と言っても、かつて皇帝選挙において四大選帝王国と激しく争った時代は既に遠い過去のことになり、世俗の抗争に関与しなくなって久しい。

それゆえ帝国内の教皇領トップといっても、警備などは小国のそれである。

いくつかある教皇庁謁見の間に通されたヴァルターは、そこで教皇シルメ五世と久しぶりの対面を果たした。

「父の戴冠式、兄の王太子就任以来です、教皇猊下」

「よくぞ参られた。北国からは遠かったであろう」

実際は空陣隊があるので、ことノルドハイムに限っては遠路ということはないのだが、そこはそのまま受け止めておく。

「三年もの間、御挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。その後、兄の結婚などもありまして」

そう言って、ヴァルターはノルドハイム王室の情報、王国の情勢などを伝えた。


ノルドハイム王国からの公式献上品などを渡したのち、ヴァルターは教皇庁を辞した。

リカルダ以下、数名の空陣隊護衛の者と帰路につく途中、馬車の中に身を沈めたヴァルターは、違和感のような気配を感じ取った。

ノルドハイム王国のみならず、北方世界では三本の指に入ろうかとする魔術師でもあるヴァルターである。

教皇庁を出て、ノルドハイムやフネリックの大使館のある北側へと向かう途中、異様な魔術、妖術の塊が蠢いているのが感じられたのだ。

御者に速度を落とすように言い、その魔術反応をサーチする。

白魔術、聖女術から、妖術、魔術に至るまで、あまた神秘の秘術が集うここ教皇領である。

魔術を使う者が集まっているのは珍しくはない。

しかし妖術師がこれほどの数の魔術師と集っているのは、さすがに奇異に感じられる。

「クレーベル、来い」

ヴァルターはそう言って、護衛の一人を呼び出して馬車を降りた。


クレーベルと呼ばれた護衛は空陣隊所属の騎士で、ヴァルターが遠出をするとき護衛を担当する若者である。

馬車をそのままゆっくりと進ませながら、二人は教皇庁を守護する北側の教会、サン・ルカの市街地目指して歩いていく。



そのサン・ルカ教会の市街地区ポロネツ。

壁面を蔦でおおわれた古風な屋敷に、文典学院教授・パトルロがいた。

帝都文法学院の教授であり、文典学院にも籍を置くこの顕学の老人の住居に、いつになく多くの人間が集まってくる。

「おじいさま、お客さまがだいたいそろわれたようです」

その孫娘ギルベルタが、祖父が起居している寝室兼書室へ報告に来た。

「ジャスペールのバカが失敗した尻ぬぐいか」

そう呟きながら、この老人は客室を兼ねた広間の方へと降りて行った。


「パトロル様、ジャスペール様の配下が全員集合いたしました」

パトルロ配下、第一の魔術師ロベールがそう告げると、集まった一同は膝を屈して迎える。

その中にはパトルロ配下の魔術師や、ノトラ、ルーコイズらも含まれていた。


「皆の者、御苦労だった。わしの方にも瑠璃宮からの指示が届いておる。歓迎するぞ」

「パトルロ様、既に法術師はこの教皇領に入っております」

ノトラがそう言って、現状の説明をあらためて語った。

「あまりこの教皇領でドンパチやるのは控えたいのだがな」

パトルロがそう呟いたが、ルーコイズが、

「ジャスペール様を倒したほどの相手なら、そうも言っておれますまい」

「そうじゃな」

そう言ってパトルロは思索の中に沈んでいく。


しばしの沈黙ののち、パトルロが口を開く。

「だが、教皇領ではハデな戦いはできる限り控えてほしい。あとあと帝都側からの工作がしづらくなるからな」

そして次に命令系統と伝え、指示を与えていく。

「戦闘もできるだけ暗殺の方向でやってほしい。指揮はルーコイズにまかせる。ただし、連絡はまめにすること」

さらに黒髪痩身の男に向き直り、

「グレゴールと言ったな、そなたには連中の行動、及び法術師が連れて来た戦力などを探ってほしい」

実戦部隊に指示を出したあと、ノトラにも指示を出した。

「呪殺隊もルーコイズの暗殺部隊と綿密に連絡をとって行動すること。お前たちの力と魔術暗殺隊の力とは、うまく連携しづらいからな」

「わたくしどもの手勢はそれほど多くはありませんので、ルーコイズ殿の指示に従う予定です」

こういって ノトラはチラとルーコイズを見、ルーコイズも満足そうにうなずく。

「それでは」

そう言って、めいめい屋敷を立ち去って行った。


「なんか不気味な人たちね」

パトルロの客人が帰っていったあと、ギルベルタがこうもらした。

パトルロの子どもたちは既に成人し、巣立っていたのだが、長女夫妻が流行病にかかって倒れたことから、そのただ一人の遺児を引き取り同居していた。

それゆえギルベルタは平凡な教皇領の住民であり、祖父の裏の仕事については詳しく知らない。

まだ子供と言っていい幼い姿を目に入れて、パトルロは、

「この娘の生活に影響が出んようにせんとな」

と呟くのであった。



サン・マルコ教会からの帰路、ディドリクはどこまで話したものか、馬車の中で考えていた。

とりわけ、シシュリーの配下として自分の手元にいるペトラについては、どこまで話すべきか、あるいは話さないのか、判断に迷っている。

三人が眠らされたことについては、

「聞かれたくない話があったからだろう」

と言葉を濁しながら説明したが、それ以上に何か重要なことがあったのかもしれない、と三人ともうすうす感じ取っているのが、はっきりとわかっていた。

だが馬車が教皇庁の前を通り、サン・ルカ教会の市街地に入った時、別の気配が一行を襲った。

「魔術師がいる!」と。


他国のどこよりも魔術師が多い教皇領ゆえ、魔術師がいること自体は問題ではないのだが、その質である。

異様に黒く、好戦的なのだ。

「殿下」

ブロムがいち早く気づいて、ディドリクに注意を促す。

「降りてみよう」

馬車をとめ、御者に待っているように伝えて、5人はそろって馬車を降りた。


「アマーリア」

「はい」

ローブの少女が認知結界を展開する。

近くに膨大な魔力を検出したのだが

「兄様、この反応は、おそらく敵ではありません」と告げた。

その言葉が終わらぬうちに、人影が二つ近づいてきた。


「ディドリク、君たちも帰還途中かい?」

そう言ってヴァルターが一人の青年を従えて現れた。

「ヴァルターも今帰りですか?」

少しホッとして尋ねるが、ヴァルターの少しこわばった顔は解けない。

「ちょうど良かった、魔術師と妖術師の反応を感知していたところなんだ」

そう言ってヴァルターは一行の中にペトラがいるのに気づいて、

「ペトラ、あの帝都で戦って逃してしまった魔術師が来ている。この近くにいる」

ペトラは少し考えたのち、ハッとして

「グレゴール、ですか?」

そして、王都の戦いで一人逃がしてしまった男、ジャスペールの配下としてプロイドン以下の暗殺隊・監視役だった男の名を上げた。

もっともペトラはプロイドンが配下を引き連れて動いた時には既にそこから分かれてはいたのだが。

ジャスペールがたびたび訪れた時に連れていた黒髪の不気味な男として認識していた。

「と言うことは、タルキスで戦った男の部隊が来ている可能性が高いですね」

そう言うと笛を取り出し、

「戦闘になるかもしれませんから、呼んでおきましょう」


しばらく歩くとその男、グレゴールを発見した。

よく見ると、彼の近くに彼と同じ方向に歩き、連携を取っているように見える一群もいる。

だがあの数ならばそれほど難しい戦いにはならないな、と考えて、

「ここで戦うよりあいつらの拠点を見つけた方が良いかもしれないな」

ヴァルターがディドリクにそっと耳打ちする。

だが、その考えは派手な乱入者によって砕かれてしまう。


「殿下ー!」

空より一人金髪娘が大声を出して飛来してきた。

思わず頭を抱えるヴァルター。

そして、その声はグレゴールにも届いてしまったようだった。

「相手はどこです?」

目をキラキラ輝かせるヘドヴィヒ・メヒター。

グレゴールに逃げられる! そう思ったディドリクだったが、それは杞憂に終わった。

ヴァルターとグレゴールが帝都で戦った件については、第四章【十一】あたりを参照してください。

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