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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第一章 王立学院
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【九】 解呪

「申し訳ございませぬ、若」

静かにブランドは、異母兄ガイゼルとの対面を拒絶した。

「王太子殿下はいま、弱っておられますので」

病状が進行していると言うことだろうか、と思い、ディドリクは強く出た。

「僕は...兄上の呪いと対決するために来ました。お願いします」

強い視線に驚くブランド。

「のろい?」

怪訝な表情で問うブランドに対して、さらに指示を出すディドリク。

「できれば、警護にイングマールもつけてください」

急ぎイングマールも、ガイゼルの私室前に呼ばれる。

どうやら、なし崩し的に部屋に入ることになったようだ。

「父上、これは?」と言いかけて、ディドリクに気づくイングマール。

ディドリクがイングマールにこれからのことを説明する。

「イングマール、今から古式文法の応用による解呪を行うつもりだ、立ち会ってほしい」

「この前、カスパールが言ってた件ですか? しかしあれはあいつのヨタ話では」

「いや、ぼく自身も少し前からそのことについて感じていたんだ」

カスパールが言っていたのは、確かに根拠のない直感だったかもしれない。

しかし直感というのは、えてして理屈よりも早く真実に到達していることがある。

ブランドがディトリクの前に出て

「わかりました、ただし、私とイングマールが立ち会います、我々が危険と判断したらおやめください」


フネリック王国は、人口という面から見れば小国である。

それゆえ、王室と言っても、それほど大規模な宮殿ではなく、使える人員もそれほど多いわけではない。

時刻は夕刻、立ち会える数も限られていることもあり、ブランドは自身と息子の立ち合いの元で、これを許可することにした。

私室にいるディトリクは、寝台に眠る義兄の顔を見る。

以前会った時よりさらに青く、やせてしまったようだ。


ディドリクは窓を開け放ち、部屋の四隅に釘の束を置く。

息をしているのかどうかわからぬくらいの薄い呼吸音を見て、早く来て正しかったと判断し、ディドリクは詠唱に入る。

ふだんの古式文法からの発現は、既に頭の中に刻み込まれている霊言のシンタクスにより瞬間的に起こせるのだが、今はまだ文典からの練り直しをやったばかり。

記憶漏れも警戒して、普段行わない詠唱を開始する。

見た目は魔素による魔力の発現詠唱に酷似しているが、まったく違うもの。

それは文字と文法を解体して再構成したものなので、文法家以外には内容がわからない音の羅列になっているからだ。

詠唱が終盤に近付くにつれ、ガイゼルが激しくせき込む。

するとどうだろう、ガイゼルの鼻孔から、口腔から、耳から、黒い靄が立ち上り始める。

ついには目からも涙のように黒い気が流れ出し、それらがまるでガイゼルのからだから逃げ出してくるようにあふれかえり、空中でまとまっていく。

そして立ち込める、なまぐさい匂い。

詠唱を終えたディドリクが、両の掌をガイゼルに向けて、解呪の術式を維持する。

立ち込める黒い蒸気、靄はどんどん大きく、色濃くなっていき、ついに寝台の上にある形をとる。

空間に描かれた黒い影法師、嫌悪感を起こさせる、人のような、人でないような形をとっていく。

うごめき、苦しむような動きを見せたあと、その黒い靄は一塊になり、ガイゼルの体内に戻ろうとする。

それを見てディドリクが、四隅に配置したのと同じ鉄釘を寝台の上、ガイゼルの胸の上にばらまく。


「ヴォオオオーン」

声のような、うなりのような、振動音のような、不気味な響きを立てて、その黒い塊が空中で渦巻く。

そして地面が揺れ、建物全体がグラグラ動くような感覚。

建物が揺れているのか、空気が揺れているのか、人のカラダだけが揺れているのか。

その中で、ディドリクだけが姿勢を崩さず、一心に掌を向けていた。

黒い靄が小さく、色濃く固まりだしていく。

右往左往していた「それ」がついに動きを止めて、跳ね飛ばされるように、寝台後方の壁にぶつかる。

水をかけたような「ビシャッ」という音を出して、壁紙に、黒いしみが出来上がった。

同時に、部屋を包んでいた生臭い匂いが薄れていく。


ガックリと膝をつくディドリクが、イングマールに強い声で言う。

「速く! 壁に移る前にあの壁紙を切り取って! そして燃やして!」

何が起こっているのかわからないなりに、イングマールは急いで剣を抜き、壁紙をはがし始める。

本来粘着させられているはずの壁紙だったが、パリパリと簡単に剥がれていく。

だがイングマールはしみが動いているような感覚を受ける。

しみに触れないようにして、それをはがし、庭先に移動して、言われるままに火を点けた。

すると、そこでまたあの黒い塊が壁紙から浮かび上がり、もがくように動いていたが、やがて炎の中に消えていく。

そこには壁紙の燃えカスだけが、残っていた。


何が起こっているのか、頭の中で組み立てられなかったブランドがようやく我に返り、ガイゼルの元に駆け寄る。

「殿下! 王太子殿下!」

すると今まで眠っていたガイゼルがゆっくりと目を開け、大きくのびをする。

「ブランド?」

「大丈夫でございますか、殿下」

「え...なにが?」

と、状況が飲み込めぬまま返事をするガイゼル。

しかしその頬には先ほどまでのような血の気の失せた青さではなく、ほんのり朱のさした顔に変わっていた。


「どうしたの? 何かあったの?」

きょろきょろと見回す王太子の顔、それは普通の寝起きの少年の顔だった。

身を起こしたはずみに、寝台に巻かれていた鉄釘が床の上に転がる。それは錆びて、ボロボロの状態になっていた。

そして四隅の鉄釘の束も。

「解呪は成功した...と思います」よろよろと立ち上がる、ディドリク、それに気づいたガイゼルが寝台から降りて近づく。

「ディドリクじゃないか、解呪って?」

そしてここまで来て、ガイゼルは自身の変化に驚く。

「あれ、なんだかからだが軽いよ」


騒ぎを聞きつけて、衛士や従僕が到達し、国王夫妻もやってくる。

ブランドは、何が起こったのかはわからないなりに、自分の目で見たものを国王夫妻に伝える。

血色の良い顔で立っているガイゼルを見て、母・王妃は涙交じりに抱き着く。

それを見て、ディドリクは「良かった」とつぶやきながら、床の上に倒れ、失神した。



ディドリクが目を覚ますと、メイド頭・グランツァの顔があった。

ぼんやりと見ていると、バタバタと騒がしい動きが起こり、次々と人が入ってきた。

どうやら気絶してしまったのか、ここは自分の部屋だろうか、まだ解呪のような大技では体力が持たないのか、そんなことをぼんやり考えていると

「ディドリク、ディドリク! ディー!」と強く呼ぶ声が聞こえた。

ゆっくりと頭を動かすと、そこには異母兄の顔があった。

見回すと父・国王も、そして身重の母も来ているようである。


「ブランドから聞いたよ、ありがとう」とガイゼルは抱き着いたまま言葉をかける。

「私からも礼を言うわ、ディドリク、ありがとう」と王妃。

エルメネリヒ王が近寄り、もう大丈夫なのか、と問う。

「体力がなくなっただけみたいですから、心配はいりません」

と言って、身を起こす。

「でもまだ少しフラフラするので、事情説明は、もう少し待ってください」とも。


イングマールの顔を見つけたディドリクは

「ぼく、何日寝てたの?」と聞くと

「二日ほどだ」

「すると、模擬試合の決勝戦も終わったんだね、どっちが勝ったの?」

「私は戦士じゃないからね、黒檀族は強いよ」といささかバツの悪そうな顔で応えた。

次に母に視線を移す。

身重の母だったが、立場上、一番には駆け寄れない。

それでディドリクの方から口を開いた。

「母上、心配かけました」と。

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