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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【二十二】 瑠璃宮の魔人たち(三)

夕闇迫る帝国副都ベルシノアの離宮、瑠璃宮。

既に三人が卓上につき、この秘密会議を開く人物を待っていた。

やがて司教座別院へとつながる奥の扉が開かれて、帝妃ゲラの弟ゲムがルーコイズ他一名を従えて入室する。

五芒星とその主が座す六角卓には、既に三人の魔人が座していた。

第一席ヌルルス。青年。

第三席ケパロス。中年。

第四席フィーコ。少年。


ゲムが開場を告げ、緊急に召集した二人、ケパロスとフィーコに労いの言葉をかける。

「特にフィーコ、忙しい折に急な召集に応えてくれて、感謝する」

これを聞いて黒衣の少年は、無言でうなずく。


ゲムが従えてきたルーコイズを見たケパロスが口をひらく。

「密偵が失敗したそうだが、それに関しての召集か? それにしてはパトルロ博士とジャスペールが欠席のようだが」

これを聞いて、ヌルルスが苦虫をかみつぶしたような顔をして、ゲムの方を見た。

「それもあるが、まず皆に報告しておくことがある」

ゲムがそう言って、着座し、一同を改めて見渡す。

「ジャスペールは死んだ。パトルロはそれに関して今、教皇領へ入ってもらっている」


「な...、に...?」

ケパロスが驚嘆し、フィーコも視線をゲマの上に戻す。

「それについては、コーニーに報告してもらう」

ゲムはそう言って、入室したもう一人の男、ジャスペールの部下コーニーを見た。

「コーニー、もう一度先ほどの報告を皆に聞かせてやってくれ」

こう言って、ルーコイズのさらに後ろにいた背の高い白衣の僧服に身を包んだ男に促した。

「ジャスペール様の部下として、ジュードニア王国に入っていたコーニーです」

こう言って、コーニーはジャスペールが討たれた経緯を語った。


コーニー自身はルーニー、ブローニーとともに内乱工作の手助けに入っていたため現場にはいなかったのだが、フラニールらから聞いたことをまとめ、ほぼ正確に現場を再現した。

「まさか、ジャスペールがやられるとは」

と、絞り出すような声でヌルルスが言う。

「それで、やったのはフネリック王国の法術師で間違いないのだな」

「はい、現地潜入隊のトップであるフラニールの面前で起こったそうです」

「どのような戦いになったか、わかるか?」

「フラニールの話によると、相手の法術師はジャスペール様と同じ魔念動を使い、さらに雷撃術で決着をつけてしまったそうです」

戦いでの質問がいくつか出た後、ケパロスがゲムに問う。

「ゲム殿、第五席の補充を行うお考えか?」

「いや、ジャスペールほどの人材をそうそう見つけてこれるとは思えぬ。当面はおぬしら四人の力をあてにしている」

「すると、パトルロ博士が教皇領に入られておられるのも?」

「さよう、しばらくは博士に法術師対策をしてもらうつもりだ」

そこでヌルルスがこの会議の意味を説明する。

「このコーニーも含め、ジャスペール配下の残存勢力にはパトルロ博士の指揮下に入ってもらう」

召集の理由は、自身の部下も含め、ケパロス、フィーコ両名の配下の力を借りることになるかもしれないから、と伝えた。


「わしの任地は平和ボケのガラクライヒ周辺なので、別にかまわんが...」

そう言って、ケパロスはフィーコを見る。

「いや、まだ緊急に出してくれ、と言うわけではない」

とゲマがケパロスを制し、フィーコを見る。

「フィーコ、オストリンデの状況はどうだ?」

「今、手下を割かれるのは少しつらい」

と言い、彼の任地、東方大国オストリンデ王国の現状について語る。

「なんとか国内の開戦気分に対しては抑えが効いていますが、相手の方が今にも攻め込んできそうなのです」

「相手、というのは、東方の異教徒か?」とヌルルス。

「はい、昨年の冷害で平原の連中は餓えており、開戦、あるいは帝国への乱入機運が盛り上がっています」

「ふむ、いくら開戦を押しとどめたとしても、攻め込まれたらそうも言っておれんからのう」とゲム。

「加えてオストリンデは、攻めるに強く、守るに脆い国です。突き抜けられたらこの帝都まで害が及ぶ可能性が高く」

「わかった、おまえはしばらくは東方事情に専念してくれ。万一戦争になるようだったら、押し戻すことも視野に入れてな」


「それにしても、その法術師はそれほど強いのか?」

ケパロスがこう言って、コーニーを見る。

「法術師一人ではなく、優れた魔術戦士や剣士も同行させていると聞きました。でもジャスペール様が倒されたなど、私も信じられませんでした」

「ジュードニアにはノトラも行かせていた。その報告によると、法術師一行は教皇領へ入るようだ」

とヌルルスが言うと、

「目的がはっりしないね」とフィーコ。

「腕利きの仲間を従えている割に、一気に我々と決着をつけに来る、というわけでもないのだね」


「法術師の魔法戦というのは、まだまだ情報が少ない。あのディドリクという少年にしても、企画外だ」

ゲムがこう言うと、ヌルルスが「企画外?」と尋ねる。

「法術師の常識としては、後天的な術師なので高齢の者がほとんど、と聞いていたからな」

「帝都の成人式で会った時には、普通の少年に見えたがな」

こうヌルルスが呟くと、ケパロスが

「枢密顧問官殿はお会いなされているのか?」と聞く。

「まあ、顔を見た程度だ」


「法術師の件については今後臨時召集が増えるかもしれぬ、心得ておいてくれ」

とゲムが一同を見渡して告げ、さらに、

「ルーコイズにも暗殺隊に加わってもらうことにした」

とつけ加えると、ケパロスが

「密偵が全て倒されたということだが」

ここでようやくルーコイズが口を開く。

「その恨みもある、と言いたいのですが、こちらは法術師に倒されたのかどうかはっきりしません」

「と言うと?」とヌルルス。

「どうも法術師の背後に、ノルドハイムの影を感じるのです」

とルーコイズが答えた。

「ノルドハイム王国か、あそこはいちばんやっかいなところかもしれんな」とケパロス。

「だがいずれ滅ぼすにしても、今は時期ではない」

ゲムはそう言って、この集会を閉じた。



ジュードニア王国王都にある市場街区、その北方にある紡績工場は、それぞれに寮や各種工房を抱えている。

その中の一つ、コットリア織物工房。

普段着から肌着、作業服、あるいは各制服からパーティドレスまでもこなす衣料専門の織物工房である。

その事務室に、フネリック王国大使フェリクスと、ジュードニア王国宰相の意を受けた官吏がやってきていた。

通商条約の締結により、いくつかの品物を輸入する計画で、衣料品に関してはこの王都最大の織物工房が宰相から推薦されたのだった。


フネリック王国では毎冬、ガラクライヒの高級衣料を輸入していたのだが、もっと安価な庶民用も求めていた。

庶民用でもそう値段が変わらないので、安価な衣料というのは、けっこう切実な問題でもあったし、販路を一つの国に頼るのは危険でもある。

そういった意図がありやってきたのだが、各種工房を見ておきたく、ディドリクとメシューゼラも同行している。

とは言っても、商談などはフェリクスにまかせて、二人は観光気分で敷地をうろついていた。


「王子様...」

と声をかけられてふりむいてみると、そこにはお針子姿のルチアがいた。

ちょうど昼休みだったらしく、工房所属のお針子たちがちらほらと出てきていた。

ルチアが声をかけるが、振り返ったその姿は、小とは言え王国の王子の姿があった。

商談も兼ねているため、ディドリクもメシューゼラもほぼ王族正装の姿。

いろいろな準備や手続きも終わり、明日は教皇領へと旅立つという、その日であった。


「ルチアさん、仕事場というのはここだったのですね」

こう声をかけるが、ルチアの方はカチカチに固まってしまっていた。

王子の正装の姿、綺麗に着飾った姿を見て、自身との身分の差を改めて感じてしまったのだ。

お針子の制服とも言っていい、灰色の前掛けやら黒い腕カバー、着古してところどころ擦り切れているロングスカート、などなど。

しかも、周囲の視線もあった。

昼休みに出てきたお針子たちも、近寄らず、遠巻きに二人を見つめている。


「ちょど良かった、私たちは、明日旅立つので、その挨拶もしておきたかったのです」

「え...」

としばらく言葉に詰まっていたルチアだったが、やや間を置いて

「故郷へ帰られるのですか?」

「いや、帰国はまだだいぶ先ですが、明日から教皇領の方へ、まぁ、出張みたいなものです」

「そうよ、だからこの訪問が終わったら、あなた達の寮に行こうと思ってたのよ」

と、赤いスカートに赤い上衣をまとった、赤髪の姫が話しかける。

「カルロッタ達もいるの?」

「え、ええ」

そう言って、ルチアの視線が背後をさまようと、そこに多くのお針子たちに混ざって三人の姿があった。

「ちょっと、待ってて」

そう言ってメシューゼラはやってきた馬車の方へ戻り、しばらくすると、小さな紙の手提げを4つ、抱えて戻ってきた。

まずはルチアに「はい、これ」と言って手渡して、ジュリア達の元へと歩いていく。

ルチアが手提げ袋をどうしようかと呆然と眺めていると、

「つまらない安物ですが、案内をしてくれたささやかなお礼です」

と言って、ディドリクがにっこり笑う。

「いけません、王子様、私なんかのために」

「身分の差が、あなたにそう言わせているのですか?」

ディドリクの目が少し真剣になっている。

「これは謝礼だと思ってください」


ジュリア、カルロッタ、ヴィットリアも、自分たちの方に、赤でまとめた美しい衣装の姫君が近づいてきて、動揺と驚嘆。

「あなた達にはいろいろ迷惑もかけたわ。これは私と兄様からの謝礼よ、受け取って」

そう言って三人に、紙製の手提げを渡した。

「それほど高価なものじゃないから、期待しないでね」

赤髪の姫君はにっこり笑う。

「私たちは、明日、旅路に着きます。でもまたいつか会えることを信じているわ」

そう言って、返事をする間もなく、メシューゼラは兄の元へ戻っていく。


妹が戻ってきたのを見てディドリクはお針子の少女に言う。

「僕たちの立場があなたの心に距離を置かせてしまっているかもしれません。でも友達としてありたいのです」

そう言って、ルチアの目を見つめる。

「できればまた会いたいですけど、ひょっとしたらこれが最後の別れかもしれません。ペールにもよろしく伝えてください」


ルチアは立ち去る二人の姿を見て、何か言おうと手を出した。

しかし、何も言えず、なぜか涙がこぼれてしまう。


一方、ジュリア達の周りにはお針子仲間が群がってきていた。

「何をもらったの?」「あの貴族様は誰?」「どうやって知り合ったの?」「玉の輿?」

などと、それぞれに疑問やら妄想やらをぶつけてきた。

「待って」

まずジュリアが手提げの中に入っていた紙包みを開いた。

それはロケットだった。

中を開いてみると、今度は絵ではなく、飾り文字の刻印があった。

ジュリアが何と書いてあるかわからず、眺めていると、同様に包みを開いたヴィットリアが

「これ、私たちの名前だわ」

そして、上から順に、ルチア、ジュリア、カルロッタ、ヴィットリア、と飾り文字で書かれていることを教えてくれた。

カルロッタもヴィットリアに教えてもらい、自分の名前が彫られているところを指でなぞっている。

ルチアも合流して、自分の包みを開いてみると、そこには同じように飾り文字の刻印がなされていた。


騒いでいるうちに、短い昼休みが終わり、午後の仕事となる。

だがその日の午後のことをルチアは全く思い出せなかった。


各種工房を巡って大使館へ帰ったのち、ディドリクはメシューゼラに、

「タイミングが悪かったね」ともらしてしまった。

「僕たちの衣装を見て動揺していたようだし」

「そうね」と言ってメシューゼラは、

「でもまた会える、って思って別れるのが、友達だと思うわ」

しかしそういったことなどが、我々の「上から見た気持ち」になってしまっているのかもしれない。

そう思ってディドリクは何も言えなくなってしまった。



その夜、ルチア達の寮。

仕事を終えて、夕飯もすませてそれぞれの共同寝室へ戻ってきた四人。

「やっぱり違う世界の人だったんだね」

ジュリアがそう言うと、カルロッタが

「王子様とお姫様なんだよね...」とこぼす。

「王子様も、それをわかっててどう言っていいかわからなくなってしまってたみたい」

ルチアもそう言うが、なぜかうつむいたまま。

「まぁいい経験じゃない? 普通に生きてりゃ一生会えない世界の人達だったんだし」

ヴィットリアがそう言って、ルチアの肩を抱いた。

四人はそれぞれにプレゼントのロケットを眺めながら、一緒に街を歩いた日々を思い出していた。

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