【二十一】 戦後処理と通商条約
ジュードニア王国王都タルキスの海港市にアッティリアの軍勢が戻ってきたところで、内乱は決着した。
北方のロンゴ族自治区は結局にらみ合っただけで引き下がり、東方のワルド人達は壊滅的打撃を受けて、降伏した。
南方のポニキア自治区は、内乱責任を全てガリッキオ陸軍提督に押し付けて、蜥蜴の尻尾切りに入った。
もちろん実際はそんなこともなく、背後にはポニキア通商連盟の「王都を牛耳りたい」と言う意図があったのだが、戦死したガリッキオに全てをなすりつけて切り抜けようとしたのだ。
ヘルティア王室も当然そんなことはわかっていたのだが、ポニキアの顔も立て、その理由を受け入れた。
しかし、それではジュードニアの顔が立たない、ということで、ポニキアへの人的懲罰は課さないかわりに、膨大な賠償金を要求した。
当初はその額の大きさに渋っていたものの、元より通商民族であり、かつジュードニアに属しているポニキア人なので受け入れざるをえない。
王都ヘルティア側としては、多少の被害は出たが、この賠償金でそれを補ってあまりある収入という形となった。
さらに加えて、ロンゴ、ポニキアを含む国内民族自治区に駐留軍を置くことも飲ませた。
ワルド地区は二度に及ぶ戦乱の責任を取らされて、自治区は廃棄され、一属州となり下がる。
つまり結果的には、ヘルティア族によるジュードニア王国王権が強化されたこととなったのだ。
国王セルウィスはいたくご機嫌となり、戦勝記念を歌い、王都に祭事を許し、また功績があったとしてフネリック王国使節団を王宮へと招いた。
初めて到着した頃、不愛想で苛立っていたセルウィスだったが、この結果を受けて、かなり気分がよさそうだ。
ディドリク達を見て、まるで別人のようにニコニコとして、正式の玉座で対応した。
「アッティリオから聞いておるぞ。貴公らの活躍、協力によりこの結果となった、ということを」
列席していた三人の王子のうち、ともに戦ったアッティリオ第二王子も進み出て、
「ディドリク王子、貴公の進言、協力なくば、今頃はこの王宮も火の海だったかもしれぬ。感謝に堪えない」
と言って、ディドリクの、そして大使フェリクスの手を握った。
国王の招聘に応じたのは、ディドリク、フェリクス大使、メシューゼラ、アマーリアの四人。
アマーリアはまだ顔を知らせたくないので、だぶだふのローブと、深いフードをかぶせたままの登場ではあったが。
一方メシューゼラは、アッティリオと顔を合わせた時とは違って、一国の姫として見事に着飾っている。
フネリック王国やノルドハイム王国、キンブリー公国では、北国にはめったにないその赤髪で目を引いたが、ここでは本来の整った顔立ちで目を引いている。
母パオラ譲りの燃え立つ赤髪、スラリと伸びた鼻梁、見る人を引き込む大きな瞳、上品な口元、そして柔らかな頬から顎、首筋にかけての輪郭。
ジュードニアでは赤髪はさして珍しくもないのだが、それでもメシューゼラの赤髪には濁りがなく、まさに炎の真紅を思わせた。
青、赤、黄を基調としたドレスは、上半身は繊細可憐に、スカートは豪華に、この美姫を彩っている。
歳も15から16を目前に控え、体のラインも、出るべきところが出て、魅力的な丸みを帯びている。
玉座の間には王族のみならず貴族院の貴族、高級官僚なども列席していたのだが、皆一様にメシューゼラの姿に目が釘付けになっていた。
セルウィス国王は続ける。
「来訪の時はそっけない態度で、失礼した。この度の功績により、我が国としても何か褒賞を出したいのだが、何か希望はあるか」
と言ってくれるではないか
「申し訳ない話だが、我々は貴国についてあまり多くの情報を持っていない。どのようなものが褒賞としてふさわしいか、希望があれば聞いておきたい」
これについては、前夜フェリクスと、そして魔術通信により本国のガイゼルとも決めておいたことがあった。
フェリクスがディドリクに目で合図した後、進み出て、こう告げる。
「陛下、御配慮痛み入ります。お言葉に甘えて、私共の方から希望がございます」
「おお、申してみよ」
「このジュードニア王国と我が国との間に、通商条約を結んでいただきたいのです」
国王、宰相ランペルス以下、主だったのは不思議そうな顔をしている。
少しの沈黙の後、国王が口を開く。
「そんなことでいいのか」と。
アッティリオ第二王子が、フェリクスとディドリク、そしてローブ姿のアマーリアを交互に見て
「ディドリク王子はそれでよろしいのか。我が国としては、貴国の功績と言う以上に、貴方とそこの魔術巫女の功績と考えているのだが」
「もちろんです。これは私の希望でもあります」
ディドリクがそう言って、重ねて国王にお願いした。
「我が国は歴史も浅く、国力も脆弱です。ジュードニアのような、物産に恵まれた大国と交易ができれば、わたくしどもの喜びでありますゆえ」
それを聞いて、国王は宰相ランペルスに目で合図する。
宰相が進み出て、
「それでは一応議会にかけますが、反対する者がいるとも思えません。我々も喜んでその条約を締結しましょう」
と言って、この話は終った。
ついでに、大使館の護衛もジュードニア側が引き受けてくれることとなり、友好国の体裁が出来上がった。
そして国王が宣言する。
「それでは皆の者、宴の開催を宣言するぞ。民たちもこの戦勝を喜んでおる。諸卿らが喜ばぬ道理はない。存分に楽しんでいってほしい」
かくして、ほとんど園遊会のノリになってきて、飲み、食べ、歌い、踊り、歓談する場となっていった。
当然のように、メシューゼラには舞踊の申し込みが殺到する。
しかしさすがにもう慣れてきたのか、メシューゼラも何人かとゆっくり、舞踏の輪の中に入っていく。
フェリクスが宰相たちと条約などの取り決めごとの話の中に入っていったため、ディドリクはアマーリアを目立たぬ壁際へ連れていく。
「すまないね、おまえの存在はもう少し伏せておきたいんだ」
「いえ、むしろ感謝しています。それに私は、ゼラ姉様が踊っておられるのを見る方が好きですもの」
ディドリクはありがと、と言って、今後の計画を念話で続ける。
「教皇領へはメシューゼラも連れて行きたく思ってる。この地にノトラが来ている、というのを聞いて決心した」
「兄様だけでなく、ゼラ姉様ともご一緒できる、すごく嬉しいです」
「でもノラが反対するだろうなぁ」
と少し苦笑いしてしまう、ディドリクであった。
大使館に戻ったとき、さすがにメシューゼラもぐったりしてしまっていた。
どうも園遊会になると、メシューゼラにばかり役割をこなしてもらっている気がして、少しばかり罪悪感を覚えてしまう。
教皇領へ行く話は明日にしよう、と思い、一同は就寝のため解散した。
翌朝、フェリクス以下、大使館の主だったものを集めて、教皇領への移動を告げ、ディドリクは計画を語る。
メンバーとして、アマーリア、メシューゼラ、ブロム、ベクター、ペトラ。
これを聞いてヘドヴィヒとノラが猛反対。
予想通りの流れだったが、ノラの反対理由が少し違っていた。
「殿下がお決めになったことなら仕方がありません。でも、お嬢様つきのメイドとして、私も連れて行ってほしゅうございます」
しかも案の定というか、メシューゼラも同調してくる。
「ノラをここへ一人でおいていくのは忍びないし、身の回りを世話してくれる人は必要です、兄様」
どうにも引きそうになかったので、ノラにもついてきてもらうことにした。
そしてヘドヴィヒ。
こちらを入れなかったのには理由があった。
「ウォルターの空陣隊の力を借りて、空路で教皇領に入りたいと思っているんだ。なので、ヘドヴィヒを連れていっていいか許可を取らないといけない」
ヘドヴィヒが目を輝かして言う。
「それじゃ、ウォルター様の許可がでれば、一緒に行っていいのですね!」
もちろんそうだ。それを経てからでないと、ヘドヴィヒは参加させられない。
「内乱戦争の時、私を同行させてくれなかったこと、少し恨んでるんですよ」
と言い、ディドリクを見つめている。
「ジュードニア王国の内乱なのに、ノルドハイム王国の人間がからんでいるとわかったら、国際問題になっちゃうよ」
「いやまぁ、それはわかっているんですけとね」
と、ヘドヴィヒは口をとがらせている。
ということなので、まず空陣隊から誰かよこしてもらってウォルターと連絡を取り、そののち空路で入ることを告げる。
「だからノラ、もし一緒に来てくれるのなら、この空路で入ることを我慢してもらわないと困るんだ」
ノラが一瞬ビクッとしたが、同意する。
「空の旅なんて経験がないので、むしろ楽しみです」
と言いながら、顔が少し青くなっていた。
教皇領には帝国内ほぼすべての王国、公国、教会領の大使館、出先機関がある。
従ってこのジュードニア公国に設置する以前から、教皇領にはフネリック王国の大使館は存在している。
そこで当面はそこを拠点として動くため、教皇領・大使館に連絡を取り、同時にウォルターの元に教皇領への空路を依頼する。
その体制が整った後、空路、教皇領に入る計画を皆に伝える。
フェリクスが
「殿下が去られると寂しくなりますな」
と言うので
「いえ、フネリックに帰る折りはここを経由しますので、空路であれ陸路であれ、また会えますよ」
と付け足しておいた。




