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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【二十】 魔鏡陣

「提督、報告通り、王都タルキスに軍の影は見えません」

タルキス海港南部に進軍してきたポニキア軍の陣営に、一人の斥候が駆けつけてきた。

「フラニール殿、どうやらあなたの作戦があたったようですな」

提督と呼ばれた人物が、傍らにいる中年の男に話しかける。

「へへ、おそらくは陽動が効いているはずでさ、長い時間をかけてしこんできましたからな」

ジャスペールが打ち取られたあの戦いで命からがら逃げかえったフラニールが、ここポニキア軍の陣営で提督と語らっている。

「よし、進軍だ」

そう言って、ポニキア軍提督ガリッキオが陣営を出た。


ディドリクがアッティリオ王子らと会っていた日から二日後、早朝。

予言通り、ポニキア族軍が攻めあがってきていた。

ポニキア人の居住地が海港の南方に接しているため、戦士の召集、進撃も、音もなくこっそりとやってきたのである。

だが、王都海港を目前にして、もう遠慮はいらぬ。

王都から軍は出払っておりカラッポだ。

攻め上がり、王宮を抑えるだけで、あのヘルティアの王を玉座から追い落とせる。

(陽動をしてくれたワルド族やロンゴ族に、何か褒賞を出さんとな)

もう勝った気分で、ガリッキオは軍を進めていった。


だが陣営を出て、進行先がひどい濃霧に閉ざされていたことを知る。

「この季節に霧?」

いささか妙な気もしたが、朝である。

そういうこともあるかもしれぬ、程度に考えて、提督率いる軍の行進に馬でついていった。

陣営から海港まで、小さな林を抜ける林道と農道があるだけだ。なあに、ものの20~30分で港に着くだろう。

そう考えて、霧の中を進んでいった。


「おい、この辺はどのあたりだ?」

馬に乗ったガリッキオが下がって、フラニールの元へ聞きに来た。

「霧でよく見えませんが、たぶんもう林を抜けて、農道に出る頃かと」

「そうか」

と言って、提督が先へ戻る。

(気の早いこった、あんたがたポニキアの民もこの道は知っているだろう)

そう思ったフラニールだが、確かに少しおかしい気がしてきた。

「もう、農道に出てもいいはずだ」


フラニールは周囲を見渡す。

霧のためぼやけて見えたが、ここは良く知った場所のはずだ。だが、まだ林道をのろのろと進んでいる。

もう小一時間は経っていた。

先頭の部隊から、霧が晴れていくのが見えた。

「ふう、ようやくついたか、たぶん霧で馬の脚が体感以上に遅かったんだろ」

そう思って霧の晴れていく方角を見て、ギョッとなった。

一時間ほど前に出発した、ポニキアの陣営が見えたからだ。


ガリッキオが馬で戻ってきてた。

「フラニール殿、これはいったいどういうことだ!」

フラニールも驚きのためしばらく口がきけなかったが、

「どこかで道を間違えたんでしょうか、いや、そんなばかなことが」

「この霧だ、それもあるかもしれんが、あんまり遅れたくはない、もう一度行くぞ」

そう言って、ガリッキオは馬、馬車に乗り込んだ戦士団を、再び霧の中へ進ませていった。


フラニールは嫌な予感がし始めた。

この道は、これまで何度も通った道だ。徒歩でも。馬でも。馬車でも。

間違えるはずがない。目をつぶってたっていける。

どうか、何かの間違いであってほしい。

そう思いながら、殿しんがりについていった。

そして小一時間、同じように霧が晴れていく。

しかしそこはまた、陣営の地だった。


フラニールは少なからず得体のしれない恐怖を感じてしまった。

ガリッキアがかなりイライラしながらやってくる。

「これはどうなっているんだ! 魔法にでもかけられているのか!」

「いえ、この国にそんな魔法が使える者なんかいるはずがありません」

だがそう言って、フラニールは何かが頭の中に引っかかった。

「ともかく、こんなところで足踏みしてられん、すぐにもう一度出るぞ」

ポニキア軍が、またもや霧の中へと突っ込んでいった。


霧の中でフラニールは先ほどひっかかっていたことを考える。

(そう、この国の魔法兵団は、脆弱の一語だ。予算も少ないし、およそ兵団と言えるものじゃない。しかし、しかし...)

そこまで考えて、当たってほしくない考えに行きついてしまう。

(しかし俺は、今この国にいる人間の中で、こんな芸当ができそうなヤツを知っているんじゃないのか?)

そう考えて、ある結論に至る。

あいつらが、来ているんだ!


ポニキア軍は、四たび、陣営に戻ってしまっていた。


ガリッキオは完全に頭に血が上っていた。

「どういうことなんだ、なんでつかないんだ!」

ウロウロ歩き回っている姿を見ながら、フラニールは同行していたジャスペールの部下、ブローニーを呼び寄せる。

「ブローニー、どう思う?」

「かなり高度な幻術です。魔術による幻術だとすると、使い手はかなりの水準かと」

「うむ、わしも同じ考えた」

「するとジャスペール様を倒した連中がここに来ていると?」

「そう考えるべきだな」

しかし、フラニールの考えは、悪い方向で外れてしまう。



王都タルキス西方、海港を望むところ。

そこに数人の魔法兵団団員と、違う衣装を身にまとった三人の人物が立っていた。

団員の前には水を詰めた樽がいくつかおかれ、そこから霧を発生させていた。

そしてその霧に、少年が術をかけている。

霧の水滴が、一つ一つ、鏡のようになって、覆ったものを鏡の中に追い込んでしまう、魔鏡の陣。


水蒸気は港の南へと流れていき、その途中で、大地から、木々の間から、様々な蒸気を引き出していく。

兵団員を統率していた男、ペロンがやってきて、その少年に話しかける。

「どうやらうまくいっているようですな」

ペロンは千里眼が使える男を連れて、蒸気の中をポニキア軍がぐるぐる回っているのを見ていた。

「あとは、アッティリオ様が一刻も早く、ワルド人の戦場から戻っていたたくだけだ」

ペロンはそう呟いて、その少年の横顔を見た。

(王族と聞いていたが、こんな広範囲の幻術を使えるのか)

そう思っていると、

「大丈夫です、この霧の中から連中は出てこれません。多少殿下が遅れても、今日中に着けば殲滅できます」

だがそう言ってこうも付け加える。

「ポニキアには海軍もあると聞いてます。ジュードニア軍として戦う時には頼りになるかもしれませんが、内乱となると、いささか不安要素ですね」


アッティリオ王子の率いる正規軍は、前日の段階でほぼ勝利を手中に収めていた。

あとはどう撤収し、こちらに軍を進めてくれるか、にかかっている。

ポニキアの反乱を知らなければ、予言通り、勝利しても王都が落とされていただろうが、今は相手の作戦を知っている。

有能な軍人でもある、と聞いているので、すぐにかけつけてくれるだろう。


「ディドリク様、着いたようですぞ」

ペロンがそう言うが、軍の姿は見えない。

「連中の背後へ回ってくれたようです」



ポニキア陣営では、いらいらしているガリッキオが、また霧の中に突入するかどうか、迷っている間に、その背後から、つまり南方から、軍隊の姿が迫っていることを知った。

最初は援軍かと思ったが、もちろん違う。

ワルド人を大急ぎで殲滅させた正規軍が、背後から現れたのである。

前日まで血煙の中で戦っていた正規軍である。

戦意の差は歴然としていた。


戦闘自体は乱戦の様相を呈したが、戦力、戦意において勝るアッティリオの正規軍が、ほとんど圧倒するだけの戦いとなった。

ものの数十分で戦闘は終り、ポニキア軍主力が降伏する。

だがその中でフラニールとブローニーが戦線を離脱しようとしていた。


「だめだ、失敗した、一度南方へ出て立て直すぞ」

そう言って戦線から離れ、南方へと向かおうとした矢先。

「待っていたぞ」

目の前に、長剣を持つ男が立ちふさがった。

黒い肌、彫りの深い顔、痩身だが高い身長。

「きさまは、フネリック王国の」

「フラニール殿、ここは私が防ぎます、あなたは離脱してください」

ブローニーが前に出て、フラニールが逃げようとしたとき、また別の人物が追い付いてきた。

「もし魔術師がいるなら、こちらに逃げると考えていた」

そういって、二つの影が背後から、つまり霧の中から現れた。

そのうちの一人、ローブとフードで顔を隠していた赤髪の少女が、ローブを脱ぎ捨て切りかかった。

フラニールが錫杖でそれを受ける。

「ふふ、でもまだケガは治ってないんでしょ?」とメシューゼラ。

そしてその背後に現れた影が、フラニールの瞳に映った。

その瞬間、フラニールの全身に何か衝撃が走った。

錫杖を落として、目を見開いたまま、地に頽れる。


「フラニール殿」

フラニールが倒れるのを見て、一瞬生まれたスキ。

それをブロムが逃すはずもなく、次の瞬間、ブローニーは切り伏せられた。


背後で戦闘は続いていたが、むしろ捕縛と戦闘の後始末と言った展開になっている。

そんな中、フラニールの意識を奪ったディドリクが

「ゼラ、良いタイミングだったよ、お陰で簡単に瞳の中に飛び込めた」

とメシューゼラに振り返った。

「えへへ、でもこれで、情報が引き出せそうね」

ディドリクは近くの木にフラニールを縛り付け、万一のためにブロムに周囲の警戒を頼み、フラニールに催眠術をかける。


「あなたの名前は何ですか?」

「フラニール」

「あなたに命令を下していた人は誰ですか」

「ジャスペール様」

「そのジャスペールがいない今、あなたに命令を下しているのは?」

「ヌルルス様」

この名前を聞いて、ディドリクは少し衝撃を受ける。

「そのヌルルスとは、どういう人ですか」

「帝都枢密顧問員」

やはりか、あの帝都で出会った人物、メシューゼラと一度踊った人物、あれが暗殺隊のトップだったのか?

この答には、横にいたメシューゼラも驚いている。

「そのヌルルスが、あなたたちのトップですか」

「ヌルルス様はトップではない、しかし」

「しかし?」

「瑠璃宮五芒星の第一席だ」

瑠璃宮、また出てきた名前だ。

やはりここが暗殺隊の本陣なのだろうか。

「そのヌルルスに命令を下しているのは誰ですか」

「...」

前にマリアを尋問した時と同じだ。おそらく知らされていないのだろう。

質問を少し変えてみる。

「あなた達の暗殺は、何を目的としているのですか」

「法術師の駆逐」

「具体的には誰ですか」

「フネリック王国第二王子、ディドリク・フーネ」

これは予想していたが、実際に、最初に名前が出てくると、いろいろいやな気分になってくる。

「法術師は、帝都や教皇領にもいるはずですが、そちらも暗殺するのですか?」

「帝都の法術師は我々の仲間だ、教皇領は知らない」

「教皇領の法術師は、暗殺目標ではないのですか」

「教皇領に法術師がいるとは聞いてない」

この答に少し驚いたので、具体的な名前を出してみる。

「タダイ・テオトピロス博士は法術師を自認していますが、違うのですか」

「学院の教授たちは法術という名前を知っているだけで、法術師ではない」


いろいろ情報は取れたが、あと、何が残っているのかはっきりしなくなってきた。

そこで組織について尋ねてみる。

「瑠璃宮五芒星の構成員と目的を教えてください」

「第一席が枢密顧問員ヌルルス様、第二席が文法学院教授パトルロ様、第五席がジャスペール様」

「第三席と第四席は?」

「...」

「目的は?」

「法術師の殲滅、帝国の簒奪」

最後にとんでもない答が返ってきた。

つまりこの暗殺隊は、帝国の正式機関ではないということか?

少し整理をしようと思い、尋問を終えようとすると、

「待って、兄様、こいつらの仲間がまだいるかどうか聞き出して」

とメシューゼラが言ってくれた。

「ディドリク王子の暗殺を目論んでいる者は、あとどれくらい残ってますか」

「ノトラ様が援軍に来てくれている」

ノトラ!

マリアの尋問でも出てきた名前だ。

その人物がこのジュードニア王国にいる。

その場所を聞こうとしたが、これもまた、知らされていないようだった。


尋問を終えて、フラニールの目をさまさせると、彼は自分の状態に気が付いた。

「なぜ、俺を殺さない」

どうしようかと迷っていると、メシューゼラが

「あなたにいろいろ聞きたかったからよ、この殺人者!」

と言い放ってしまった。

するとフラニールは自身が何をされたのか、感づいてしまったのだろう。

「俺が...しゃべったのか?」

まずい! と思ってディドリクがフラニールに駆け寄るが、またもや手遅れだった。

ガクっと力を落とし、口から紫色の液体が流れる。


メシューゼラも、怒りにまかせてつい言ってしまったのだろう、動揺して、

「兄様、ごめん」

と謝ってくれたが、時既に遅く、フラニールは奥歯に仕込んだであろう毒薬をかみ砕いて、自害していた。

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