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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【十九】 水盤術

ジュードニア王国魔法兵団長ペロン・アリステロは、その日の朝いきなり宰相ランペルスに呼び出されて、兵団作戦本部にいた。

宰相がフネリック王国使節団というのを引き連れて、会議室奥にある参謀控えの間にやってくる。

フネリック王国? そういや最新の官報の中にあった、最近やってきて大使館を設立した国だったか。

内乱に備えて各部署とも忙しい折に、そんな外交辞令になんで魔法兵団が付き合わされるのか、といささか不満を持ちながらの召集だった。


最初、

(確かに我が国は人口、面積ともに帝国内最大の王国だが、魔法開発においては北方諸国の後塵を拝している。

特に我がジュードニアと同様、皇帝選挙権を有する四大国の一つノルドハイムには大きな後れを取っている。

人口において我が国の十分の一程度のノルドハイムに、我が国は過去何度も苦杯をなめさせられた。

それはひとえにノルドハイム王国の強力な魔法師団と、それを支える魔法研究があったからだ。

にもかかわらず、わが国では魔法研究に資金が割かれない。低予算のままだ。

だからこんなつまらない外交辞令に付き合わされるのか。

この非常時に、小国の対応を任せられるのは、いかに我々が軽んじられているか、の証左ではないのか)

そんな不満を胸に抱きつつ、参謀控えの間に列席していた。


使節団、というのが四人入ってきた。

しかしそのうちの一人は、明らかに子供の背格好である。

二人の男と、ローブをまとい、深々とフードで顔を隠している二人。

一人の男が大使フェリクスと名乗り、もう一人の男がフネリック王国第二王子ディドリクと名乗った。

対するジュードニア王国側は、魔法兵団長ペロン、書記官トマソ、第二王子アッティリオ、外相エルディーニ伯の四人。

アッティリオが国王の弟でもあるエルディーニに耳打ちしているが

「何事ですか、叔父上、私は遠征の準備があるのですが」

その声は近くにいたペロンにも聞こえていた。


フェリクス大使が前に出て、集まっていただいたことに謝意を示し、控えの間にある水盤に水を張らせた。

「わたくしどもの方で昨夜、こちらの魔術巫女がある予言をしましたので、ぜひお見せしておきたいと思った次第です」

(予言?)

ジュードニア側に当惑の表情が漂う。

一方事前に話を聞かされているらしいエルディーニ伯はいささか困惑気味に見える。

「時間はとらせないつもりです」

そう言って、フードを目深にかぶった人物のうち小さい方-こどもの背格好だったが-を前に出した。


「それでは巫女さま」

その小柄な魔術巫女なる存在が、水盤に手をかざす。

すると水盤が光を乱反射し始め、町の様子を映し出す。

どうやら王都の風景らしい。

しかしこの程度なら我がジュードニア王国魔法兵団魔術師の中でもできる者は何人かいる。

遠くの町を投影する千里眼、人の流れを読む透視眼など。

しかしこの巫女は少しやり方が違っていた。

水盤の上にかざした手が、指で皺か何かを広げるように、下へ押し下げるような動作をする。

すると図版のように町の全体が現われ、それが俯瞰図のように小さくなり、広い範囲を描き出す。

「これは現在の王都タルキスの様子です」

そう説明するのは、第二王子と名乗ったディドリクなる人物だった。


図版はさらに広い範囲へと移行し、王都を越えてヘルティア族支配地域の東部領域が見えてくる。

多くの人が集まっているらしい様子が見える。

そこで巫女は水盤の上で、指を水盤に滑らせるような動きをして、その地域を中心へもってくる。そして、拡大。

東部地域の人だかりは皆戦士で、いまにも軍勢として襲い掛かってきそうな情勢を見せる。

「これは?」

ペロンは思わず声を出してしまった。

「先日外相殿から、内乱の気配があると聞きましたが、これのことでしょうか?」

と、大使フェリクスが尋ねてくる。

「確かに東部地域に先年撃退したワルド人が集まっているという情報を我々も得ている。だからこそ、今その準備をしているのだ」

と少し苛立たし気に、こちらの第二王子アッティリオが応える。


「それではこちらはどうでしょう」

そう言ったのは、フネリック側の第二王子だ。

巫女が水盤の上で指を別方向にすべらせると、今度はタルキス北部地域が描き出される。

そこで拡大。

すると北部地域にも集団があり、こちらも戦士、軍人が多くいるようだった。

(これは...千里眼を同時展開しているのか?)

ペロンはここでようやく目の前で行われている高度な魔術展開に気づいた。

もっとも正確には『魔術』ではなかったのだが。


「ロンゴ族だな、あいつらもワルド人に呼応している、という情報は得ている」

アッティリオ王子がそう言って、いかにも

(当事国である我々が、それを知らないわけがないだろう)

という顔だ。

だがフネリック王国の第二王子は、アッティリオの語勢を受け流し、

「ここからが本題です。これが二日後の同地域」

巫女が水盤をなでるようにさーっと滑らせると、いったん映像は消えるが、再び北部地域の様子が鳥観図のように映し出される。

しかし、情勢は変わらない。

戦士たちに臨戦態勢の気配が高まっているような、そういった戦準備の様子は見えるが、まだ交戦状態にも、進軍にも至っていない。

「つまり、まだ明後日には交戦には至らない、という予言ですか?」

ペロンがこう言って、少しばかばかしさをにじませてしまった。

(時期を予言した、ということなのかもしれぬが、その程度のことでわざわざ)

と思いかけていると、大使は

「いいえ」と否定するではないか。


巫女が図版を南へ、つまり王都近辺へと移動させる。

そこには凄まじい光景が映っていた。

異形の風体をした戦士たちが、王都に火を放ち、住民を追い回している。

警備に当たる武装官僚などが防戦に努めているが、まったく相手にならず、その戦士たちが王都で暴れまわっている。

市民は逃げまどい、町は焼かれ、家財や商品が強奪されている、そんな風景だ。


大使は先ほどのディドリク王子の言を受けて

「重ねて言いますが、これが二日後の王都の情勢です」

しばし言葉を失っていた一同だったが、巫女が今度は東方へと図版を移す。

そこでも戦闘があった。

しかしそれは住民と異国の軍隊ではなく、軍隊と軍隊がぶつかっている、まぎれもない戦争である。

戦っているのは、ジュードニア正規軍と、ワルド人の戦士集団。

ここではジュードニア軍、正確には主要構成民族たるヘルティア族の軍なのだが、そちらが押している。

「東部の戦闘は、アッティリオ殿下の軍が勝利を収めるはずです」

大使がこう告げたあと、ディドリク王子が言葉を継ぐ。

「しかしロンゴ族は動かず、正規軍以外の戦士は北部に釘付けのままです。王都に軍がいなくなります。そこを突かれたもようです」


「ククレニアの連中か? しかし二日で王都には到着できないだろう」

アッティリオがつぶやくように言うと、それを受けて大使が言った。

「よくご覧になって下さい。あの装束はククレニアの者ですか?」

巫女が再び水盤に、二日後の王都の姿を映し出す。

一同が水盤に目を凝らすと、書記官のトマソが

「これは、海洋民族ポニキア!?」

と声を出した。

ジュードニア王国は帝国の南部を占める大国だが、そこから南大洋へと長い半島が伸びている。

王都タルキスはその半島の入り口で、西方が南大洋に面している。

その海港の南側にポニキア人がいて、さらにその南にククレニア族がいる。

いずれもジュードニア王国に所属し、構成する民族だが、好戦的なククレニア族に比べて、商業民族であるポニキアが逆らうなどとは考えていなかった。

しかし、今この巫女が水盤で見せている光景、それはまさしくポニキア正規軍の兵士が王都を襲い、町を略奪している映像だった。



アマーリアの元へシシュリーが訪れた翌朝。

ディドリクはアマーリアを大使館第三邸ホールの脇に作った小さな準備室へと連れて行った。

ここにはかなり大きな水盤が用意されている。

水盤に遠方を映し出す術は、ディドリクが幼い頃習得した初期法術の一つだったが、アマーリアの広域認知眼を見て、ある考えがひらめいていた。

「アマーリア、ここにお前が見た認知眼の映像を映し出せるかい?」

兄の顔を見て、その言葉をかみしめ直し、アマーリアは

「やってみます」

そう言って、水盤に両手をかざした。


町が水盤に映し出される。

しかし、持続性が弱く、かつ不鮮明である。

「心で見る代わりに、水盤で映像を見る感覚で」

兄の助言に従い、頭の中で神言を再構築し、文法術を組み替えていく。

何度か試みると、水盤の上に、細部まで描かれた明瞭な図が出来上がった。


「次は、領域を広げてみよう」

午前中、この練習を経て、アマーリアは自身の認知眼を自在に水盤に映せるようになった。


次にディドリクは王宮に早馬を飛ばして、貴族院にいる外相エルディーニ伯に報告したい旨があることを告げて、来てもらうよう要請した。

最初は断られたのだが、二度、三度、早馬を飛ばして、ようやく夜半になり、来てもらえることになった。


「エルディーニ伯、御多忙の中、御無理を聞いていただいて、ありがとうございます」

そう言ってディドリクが出迎える。

内心は情勢逼迫の中でイライラしているだろうに、エルディーニ伯は笑顔を見せて

「王子自らのご指名とあれば、多少の時間は作ってみせますよ」

と答えてくれる。

多忙なのは事実だろうから、ディドリクはすぐに伯爵をホールへと案内し、そこで水盤の前へと誘導する。

そこには大使フェリクス、赤髪の美姫メシューゼラも待機していた。

「これを見てください」

そう言ってディドリクは、ローブを着せフードを目深にかぶせたアマーリアに、その日の朝、練習させたことをやって見せた。

ちなみに、メシューゼラやフェリクスに見せるのもこの時が最初だった。


一通り見たあと、伯爵が息をのんだ。

「これは、いったい...」

「現状のままだと三日後にこうなります」

そして、アマーリアをさして、

「ここにいるのは我が国が誇る魔術巫女です。彼女が予知夢を見たのです。それをここに反映させました」

帝都へ成人式の祝いに行ったのはメシューゼラで、アマーリアは連れて行っていない。

アマーリアの顔を知らないはずだ、と想定して、ディドリクはアマーリアにある役割を与えていた。

それはメシューゼラにも伝わったようで、つっこむでもなく、兄のセリフを聞いていた。

フェリクスの方は、この王族兄妹3人が傑出した魔術師(正確には魔術師と法術師)であることは知っていたが、ここまでの予言を見せられて目を見張っていた。

「幻術や詐術でないことは、信用してください」

しばらく間をおいて、伯爵が尋ねて。

「で、これを私に見せてどうしろと?」

「ジュードニア王国で最も高位の魔術戦士と、王族のどなたかに、これを見てほしいのです」

さらに語気を少し強めて、

「この王都に大使館を持つ以上、我々もこのような結果になることを望んでいません」


伯爵は少考ののち、この要請を受け入れて、

「それでは明朝、王宮東にある魔法兵団棟へお越しください。兵団長ペロン以下、何名かを用意しておきます」

とそう言って、急ぎ馬で王宮に戻っていった。


伯爵が戻ったあと、ディドリクはフェリクスとアマーリアに明日の打ち合わせをし、そして

「アマーリアは今のように、同行する予言の魔術巫女、ということにしてほしい」

「それはアマーリアを隠すため?」

メシューゼラがこう聞くので、

「そうだ、王都の中に内乱に関わっている人間がいて、予言者がそのあと狙われる可能性があるから」

「ディドリク様ではできないのですか?」とフェリクス。

「残念ながら、ここまでの認知眼はぼくにはできない」

そう言って、アマーリアの髪をなでる。


「わかったわ! それじゃ私もローブとフードで同席させて」

メシューゼラがそう言って、瞳を輝かせている。

うーん、と少し考え込んでしまったディドリクだったが、メシューゼラがいれば戦闘能力的に心強いことも確かなので、許可した。

「でもゼラ、アマーリアの顔と素性を隠す、という意図を忘れないでくれよ」

「大丈夫。『我が国が誇る魔術巫女』さまを護衛してみせるわ」

ディドリクは自分の真似をされたので苦笑い、アマーリアは頼もしげに姉を見ていた。



再びジュードニア王国魔法兵団本部、参謀控えの間。

「つまりこのままだと、対ワルド人の戦争には勝つが、王都が落とされるということか?」

アッティリオ王子が今度はディドリクの方を向いて尋ねた。

「そういうことになります」

今度は魔術巫女の方を向いて

「これは信じていいんだろうな」と問いかけた。

アマーリアは声を出さず、コクリと頷き、そこにディドリクが言葉を重ねる。

「我々フネリック王国大使館もこの王都にあります。そしてこの西からの進撃の途上に位置しています。このままですと我々にも被害が出ます」

「ふむ、それでこちらにもなんとか軍を出してほしい、ということか、しかし...」

ここで少し考えるアッティリオ。

「しかし、軍は割けんな」

と苦々しく吐き出す。

「既にワルド人に対する攻撃態勢は整っているので、正規軍から兵は削れない。

さらににらみ合いが続いているとは言っても、北方から軍を回せば、今度は北方からの攻撃にさらされる」


ディドリクもこのアッティリオの意見に同意した。

「ええ、軍を分割していただかなくてもけっこうです、そうなれば殿下のおっしゃる通りになってしまうでしょう」

「そうすると、どうすれば?」とエルディーニ伯。

「西方に魔術の罠を張ってほしいのです」

「魔術の罠?」

「ええ、そのために、王都西側には魔法兵団を出していただき、我々とともに、魔術の罠を仕込んでほしいのです」


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