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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【十八】 白い煙が伝えたこと

大使館への移住が決まった。

その日は一日中その作業。

馬車に荷物を積み、移動。

荷物を運びこんで一息ついていると、もう陽が沈みかけていた。


大使館は公邸としての機能がまず第一であるが、同時に館員住宅の機能も持ち合わせている。

それゆえ、一つの家屋ではなく、別邸を含めて4つの邸宅から構成されている。

公式の大使官邸、大使たち職員の住居地、ホール、そして別邸である。

もっとも、大使家族以外は直接住み込むことはなく、周囲の住宅に分かれて住むのだが。


夕刻、諸々の作業も終わり、それぞれが寛いでいるとき、アマーリアは誰かに呼ばれた気がした。

兄ディドリクは大使との打ち合わせで、隣で建設された第一の公邸にいる。

また、異母姉メシューゼラは自室で休んでいる。

つまりこの第二の職員住宅二階にある一室には、今、自分とペトラがいるだけである。

そこでペトラの方を見るが、ペトラはかすかな微笑を浮かべて、首を横に振る。

ペトラにも聞こえている? そう思いながら周囲を見回すが、やはり室内には誰もいない。

部屋にはまだ寝台と書机、卓とクローゼットが運び込まれただけの、シンプルな形態のまま。

今、アマーリアはその書机を前にして椅子に腰かけている。

ドアの反対側にあるクローゼット、そこから再びアマーリアの名を呼ぶ声がした。


「アマーリア、アマーリア・フーネ、法術師の妹よ」

するとそのクローゼットの前に白い煙のようなものが視認された。

その煙はやがて人の輪郭を取って、しかしまだ白い煙のままで、立ち現れる。

それを見て目を見張るアマーリア、そしてその白い煙に向かい、膝をついているペトラ。

この部屋全体になんらかの魔法がしかけられた、そう直感したアマーリアは、

「ベクター! ベクター!」

と守護者の名前を呼ぶが、応答がない。


「すまない、あの者には少し眠ってもらっている」

白い煙がどんどん人に近づいていき、やがて、ひとりの少女が浮かび上がる。

見たところ年齢はアマーリアより少し上?

だが背格好は明確に人の形をとったが顔まではよくわからず、白く塗りつぶされているよう。

そして確実とも思える直感が、アマーリアの中にあった。

この白い煙の主も、法術師だ、と。


「私はシシュリー、そこなペトラをそなたの兄に派遣した者です」


驚異にさらされながらも、この白い煙のような相手が敵ではないらしい、と認識するアマーリア。

「私のことはペトラから聞くがよい、それについては、彼女に許可した」

「はい」

アマーリアは、自分が信じられないくらい落ち着いているのに驚いた。

この目の前にいる怪しい煙は、私たちと対等かもしれない、そんなことさえ感じ始めている。

「今日通信を送ったのは、あなたに聞きたいことがあったからです」

「なんでしょう」

「あなたは法術を誰に習い、いかほどの歳月が経ちましたか」

何を聞かれるのかと思い、少し身構えてもいたが、さほど重要なことにも思えなかった。

「兄、ディドリクからです、歳月は...どのあたりが基点になるのかわかりませんが、古式文法からなら4年ほどです」

しばらくの間があった。

聞こえていなかったのかとも少し思ったが、白い煙は何かを考えているかのように揺れている。

「そうですか、わかりました」

そしてさらに少し間をおいて、続ける。

「法術の基本は秘匿です。このことは、ディドリクとペトラ以外にもらしてはなりません」

二人の名前しかあがらなかった、ということは、ベクターには言うな、ということだろうか。


「ペトラ」

「はい」

ペトラはアマーリアがいる前で呼びかけられたことから、これから話す内容が彼女に聞かれても良いことを知る。

「私が直接話したことで、あなたも行動がとりやすくなるでしょう、この前の件、重ねてお願いします」

そう言うや、その煙は空間に溶け込むように、うすれ、消えていった。


アマーリアはしばらくその何もない空間を見つめていたが、

「ペトラ、今のはいったい...」

「ディドリク様が戻られた時に、お話します」

ペトラはそう言って、

「くれぐれもシシュリー様が言われたことをお守りくださいますよう、お願い申し上げます」

と言ってしめた。



戦乱が迫っているらしい、ということを、ディトリクはフェリクスよりあらめたて聞き、大使館の防衛と警戒態勢を固めていく。

魔術的結界と法術的結界を二重に張り、地下室や、領地周辺からの物理的防壁も固めていく。

ただし、内乱の後のことも考えて、こちらからは攻撃しないように、というのも徹底させた。

とは言っても、戦闘できる職員などはほとんどいなかったのではあるけれど。

内乱に巻き込まれるのは避けたい。

しかしかといって、もしその内乱勢力が主導権を取ってしまった場合、その勢力と戦後付き合っていかねばならない。

外国の使節団としては難しいところである。


ディドリクは定期通信で、ガイゼルにこのことを伝える。

魔術通信の報告は定期的に行っていたが、今回はメシューゼラが負傷したことや、戦雲が近づいていることなど、不安材料も報告しておいた。

「最悪の場合は大使館を破棄して逃げかえってもよい」

と言われて少し安心はしたが、できればそれはしたくない。

気が重くなる話題だったが、最後にプライベートなことを少し聞いて、通信を閉める。


自室へ戻ると、アマーリアとペトラが神妙な顔をして待っていた。

「兄様にご報告があります」

そういう妹の顔は、妙に緊張している。

それを察してディドリクは扉を閉め、部屋全体に秘匿結界を張り、二人と対談する。


「今さっき、シシュリーと名乗る白い煙が、この部屋に現れました」

この第一声で、ディドリクは驚天動地。

「シシュリーが?」

そう言って今度はペトラの方を向くと

「私も主人から指令をもらっており、それをあなた様に明かしても良い、という許可をいただきました」

二人はさきほどの会話のこと、そしてペトラがシシュリーから受けた言葉をそのままここで伝えた。


「勘違い、と言うのは?」

「そこまではわかりかねます」

ペトラはそう言って、教皇領へ向かえ、という指示も受けていることを重ねて強調する。

「教皇領か」

ディドリク自身も、貴族院セナートゥスで出会ったテオトピロス博士の言葉などが気にかかっていた。

法術師という単語をいともたやすく出してきて、しかも軽い。

法術の基本である隠匿、秘匿と言ったことからはかなり遠い印象を受け、しかもそれが教皇領では普通であるかのような、そんな印象。

教皇領には一度足を踏み入れる必要がある、と考えていた。

だが、シシュリーが自分達を教皇領に行かせようとしている目的はなんだろう。

法術師と接点を持て、ということだろうか。


「ペトラ、細かいことを聞くようだけど、答えられる範囲で、できるだけ教えてほしい」

「はい」

「教皇領で僕たちに何をさせようと言うのだろう」

「わかりません、しかしその目的を言われなかったということは、逆に行けばわかるのではないでしょうか」

さらにディドリクは質問する。

「教皇領へは僕達二人で行け、ということなのか、それとも随員を連れていっていいのか」

「そこまでの指示は頂いておりませんが、おそらく随員をつけても良いのではないかと思います」

「その根拠は?」

「主は、制限をかけるときは必ずそれを盛り込まれるからです」

そう、さきほどの、同じ法術師であってもベクターには言うな、しかし法術師ではない自分には言ってもいいと言っていたことなど。

おそらくペトラが法術師シシュリーの駒であるから、ということだったのだろうけど。



「そうか、わかった。しかし名目はどうするかな」

誰に聞かせるでもなくつぶやくように言うと、

「時期についても、それほど急がなくてもいいかと」

ペトラがそういうので、それは後で考えることにした。

だが秘密を守るとしても、アマーリアを連れていく以上、ベクターにも随行してもらわなくてはならないだろう。

それにブロムは当然として、ヘドヴィヒも、本国との兼ね合いさえあればついてきてほしいし。

問題はメシューゼラだ。

もうあんな危険な目には合わせたくない。

しかしかといって、残れと言っても聞きそうにない。複雑な心境になるディドリクであった。



夕食の場。

まだ料理人を雇いこんでいないので、持ち寄ったパンやスープをそれぞれ用意する簡素なものだった。

暗くなってはいけないと思い、ディドリクは魔術通信で聞いたガイゼルや、父エルメネリヒ王の近況などを伝える。

「ガイゼル兄さんがシャルロッテ嬢と正式に結婚して、新居生活を始めているそうだ」

「まぁ」とメシューゼラ、それにフェリクス夫人。

「めでたいことです」とフェリクス、そしてブロムが

「フネリック王国もこれで安泰ですな」と言ってくれる。

「いやいや、まだお世継ぎが生まれてませんから」

と言いつつも、皆の祝福の言葉を受けて、嬉しくなるディドリクだった。

ガイゼル結婚の話題で盛り上がった夕食の場は、和気あいあいとしたものに変わっていく。

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