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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第六章 君よ知るや南の国
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【十五】 魔念動と雷撃術

「姉さま...」

認知眼でディドリク達の戦場を覗いたアマーリアは、顔から血の気が引いていくのがわかった。

異母姉が氷刃に全身を切り刻まれ、大きな石で上半身がつぶされたかのように見えた。

そこに駆け寄る兄が、必死で治癒術を唱えている。

血の海に沈み、うめいている異母姉。

「私も行かなくちゃ」

足がすくみ、ガタガタ震えているのに、そう言って防御結界を解いた。

「我はあまり勧めぬがのう」

ベクターはこう言いつつも、アマーリアの行動を咎めようとはしない。

敵の目的がディドリクであろうことは、分断されたのちに気づいたから、ここにいれば危険はそうないだろう。

そして、行ってみたところで助力にはならない、とも感じている。

しかしアマーリアは

「せめて、ゼラ姉様の治癒だけでも」

と言って、その方角に向かっていく。



戦場となった通りでは、夕刻の中、二人の男が向き合っている。

風が吹き、ジャスペールの周囲に空気が巻き込んでくる。

その中から氷よりもさらに冷たい炭酸ガスの氷刃が作られていく。

一方ディドリクは背後に負傷したメシューゼラを寝かせて、ジャスペールが投げてきた舗石を浮遊させ始める。

「ほう、貴様も魔念動が使えるのか」

こうつぶやくジャスペールを見て、魔術では魔念動と言うらしいことを知る。

だがディドリクの力場を基点とする法術は、現象こそ酷似するものの、仕組みがまったく違う。

舗石そのものを魔術で持ち上げ、投げる魔念動と違い、石の上方に力場を設け、さながらそちらに重力があるように引き上げているのだ。


舗石そのものを操っているのではないため、複数展開の負荷はほとんどない。

さらにさきほどの戦いで、暗殺者ジョルバから奪った長いチェーンを右手からジャラリと下げた。

そのチェーンが力場に引かれて、ジャスペールの方へ、ピンと伸びていく。

こうやって、力場の方向が正しいか、微調整しているのだ。

ディドリクは左手に力点を集中させ、力場をジャスペールの真後ろに設定する。

引力にひかれるごとく、周囲に散らばった大小の石が、砂利が、礫が、ジャスペールめがけて飛んでいく。

ジャスペールの方でもまた舗石を引きはがし、浮遊させ、ディドリクめがけて投げつける。

鈍い音を出して、両者が飛ばした石が、空中で激突する。

体積の大きな、そして重い石はぶつかりあって砕け、あるいは落下する。

だが砂利や小礫などは、力場に引かれてジャスペールへと殺到する。

ここに、魔術と法術の差が現われるのだ。


舗石では防ぎきれぬと見て、ジャスペールは防御結界を展開。

「く」の字に先端をとがらせた結界を作り、そこに向かってくる砂利をあて、左右に寸断する。

なんとかこれで小片からは防御できたものの、ディドリクの姿を見失ってしまった。


ジャラリ、と音がして、ジャスペールの腕から肩にかけて、チェーンがからまっているのがわかった。

「終わりだ」この声が聞こえて振り向くと、ディドリクがそのチェーンの片方を握って立っている。

バッと、稲光のような光がディドリクの身体から発せられたかと思うと、ジャスペールの全身を雷撃の衝撃が襲う。

しかもさきほどのジョルバとニコロに放ったものに比べ、はるかに高い電圧、そして長い時間、放たれた。


ジャラジャラと音を立ててチェーンが地に落ちる。

その先には、かつて男だった物体が、黒焦げの塊となって、嫌なにおいの煙を出している。

ガサガサッ、と音を立てて崩れる、黒焦げの塊。

悲鳴を上げる暇もなく、かつてジャスペールだった肉体が焼き滅ぼされたのだった。

ディドリクの側もまた、渾身の力を込めて放電したため、力なくその場に頽れてしまう。


それでもよろよろと立ち上がり、赤髪の妹の元へ来ると、再び治療を始める。

既に力を使い果たしていたため、先ほどよりは効果が上がらず、出血が続き、焦りの色が見え始める。

だがそこへ、もう一人の妹が駆けつけてきた。

「兄様、認知眼で見ました。姉様のご様子は?」

「生死の境は乗り越えたはず。しかしまだ出血が止まらない」

ディドリクは対面にアマーリアを座らせ、指示を出す。

「アマーリア、ゼラのからだに治癒の術を。僕は傷口を縫う」

「わかりました」

ディドリクも既に相当消耗しているのを見て、アマーリアはヒーリングを全て自分が担当することを決意した。


数分の時間が流れ、なんとか縫合も終わり、大出血は収まった。

ディドリクの深いため息で、峠が過ぎたことを知るアマーリア。

しかしこちらはまだ治癒術の手を止められない。

急いで宿舎に戻り、もう一度ヒーリングを与えよう。

こう考えて、ディドリクはふらふらとよろけながら、メシューゼラの頭を抱え上げる。

そこへブロムとヘドヴィヒも到達したので、失神しているペトラの介抱を頼む。


「殿下、申し訳ない」

と言いながら、ブロムがペトラを抱えあげ。

だがヒーリングの経験がないブロムは、ペトラの背にカツを入れ、意識を取り戻させる。

かなり荒っぽいやり方だったが、大きな傷を負ったわけではないペトラには有効だったようだ。

ふらふらと立ち上がりながら、数秒の時を置いて、状況を理解するペトラ。

「ディドリク様、難は逃れたのですね」

「なんとかね、しかし見ての通り、ゼラが重傷だ」

そう言って、ゼラの頭に生気を吹き込んでいる。

アマーリアも力を奮い起こして、からだへのヒーリング、そして皮膚の上に残っていた傷跡を消していく。

少しずつメシューゼラの身体に血の気が戻ってきたようだった。



「ペトラ、まだ体がつらいだろうが、あそこで震えているかもしれないカルロッタさんの滅身防を解いてやってほしい」

と伝えると、ペトラは「わかりました」と言い、路地に向かう。

何もないようなところをまさぐりつつ、ザッと何かをめくると、そこにカルロッタの姿が現われる。

こちらも、ガタガタ震えていたので、ペトラに彼女を寮まで送り届けてもらうことにした。

ブロムやヘドヴィヒでは人目をひきすぎるからだ。

滅身防は、他者からの視界を遮るが、中から外の様子をうかがうことはできる。

つまり全容ではないにせよ、カルロッタもまたあのディドリクとジャスペールの戦いを見ていたのだ。

声を出すな、と言われていたものの、その衝撃の展開を目撃して、何度か声がでそうになるのを抑えていた。

いや、実際少し声も漏れてしまったのだが、命をかけた戦いをしている二人の耳には届かなかったようだ。


「ディドリク様、これは、これはいったい」

歯の根も会わず、ガクガクと震えながら、なんとか言葉をひねり出そうとするカルロッタ。

「カルロッタさん、説明は後日させてもらいます、今日はひとまず寮へお戻りください」

カルロッタはことばをつなぐことができず、ただ首を上下に強くふるだけ。

ディドリクは彼女をペトラにまかせて、寮へと送り出した。

もちろんまだ行ったことがない寮の場所など知らなかったが、そこはカルロッタに尋ねつつ、ペトラは商店街の方へと歩いていく。


「ペトラさん、あの...」

「見ておられましたか?」

とペトラが尋ねると「少しだけ」と答えるカルロッタ。

「私も全体は見ていません、ディドリク様が後日説明する、と言っておられましたので、事情はそこで尋ねてください」

ペトラがこういうので、カルロッタはしばらくの間黙っている。

そもそも目の前で起こっていたことがいったい何だったのか、それすらも見当がつかないため、何をどう聞いていいかもわからないのだ。

寮が近づいてきて、ようやくカルロッタが口を開いた。

「ペトラさんたちは、あんな危険なことをいつもしているのですか?」


ペトラは寮を目前にして、語る。

「これはルチアさんにも言ったことなのですが、私たちは身分を隠しているわけではありません。でもディドリク様が話していい時期を考えておられるようですので、どうかその時までお待ちください」

「ルチアは知っているの?」

「知っています。でも、ディドリク様がルチアさんに口止めをしましたので、どうかルチアさんを問い詰めないであげてください」

「そう...」

カルロッタがうつむいてしまう。そこへ寮から見知った顔が出てきた。

「カルロッタ、遅いから心配していたのよ...ペトラさん?」

ルチアのその声を聴いてペトラが言う。

「少し、私たちのトラブルに巻き込まれてしまいました、そこでお連れしたのです」

ルチアはうつむいているカルロッタを見て

「けがは?」

と問うが、カルロッタは首を横に振るだけ。

「もし事情説明が必要でしたら、後日ディドリク様が話してもよい、と言われてます」

そう言って、ペトラはルチアからの質問を遮るように、夜の闇の中に消えていった。



メシューゼラを抱え上げたディトリクはふらつきながらもブロムに時折支えられて、宿舎へと帰りつく。

痛みがまだ強くあるだろうに、メシューゼラは気を失うことなく、兄の腕の中で、兄を見上げていた。

だが唇が震えるばかりで、言葉がでてこない。


(軽いな)

一方、ディドリクの方はメシューゼラを抱えながら、その軽さを感じていた。

疲労の極致にある中での姫だっこ、軽いはずがない。

しかしそう感じてしまうのは、大量の出血を見たからか。

急いで治療の続きをしなくては、そして同時に栄養もつけさせなくては。

そんな考えが頭の中をグルクル駆け回っている。


宿舎に着くと、ちょっとした騒ぎになってしまった。

血まみれの第二王子が、瀕死の重傷に見える第一王女を姫だっこで抱えて帰ってきたのだから。

ノラなどは恐怖に顔を引きつらせてしまい、言葉も出せない。

メシューゼラの寝室へ彼女を運び、顔や手についた血をぬぐってやる。

メイド達に湯とスープの用意を命じて、ディドリクとアマーリアは、再び治癒術をかける。


「にい...さま」

今度ははっきりとした声で、メシューゼラが兄に呼びかける。

「大丈夫だ、必ず元の、健康なメシューゼラに戻してやるから、心配するな」

と強く言うディドリク。

「はい」

とだけ言って、メシューゼラは目を閉じた。

だがその瞼の裏には、血で汚れたディドリクの顔が残っていたし、いつもと違う口調になっている姿も残っていた。

すると涙があふれてくる。

痛みからか、自分のふがいなさか、兄の救いの手が嬉しかったからか。


メシューゼラの顔や手についた血や泥をノラにふき取ってもらっている姿を見て、ディドリクは座り込んでしまう。

法術は魔術ほどには体力は関係しない。

とは言っても、あらん限りの秘術戦を展開したため、頭の中が焼ききれそうなほど消耗していた。

「ノラ、今晩、メシューゼラを回復させたいので、一晩預かるよ」

そう言って、兄妹三人で、少し早い就寝を告げるのだった。

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