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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第一章 王立学院
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【八】 祝福術

第三戦目の夜、ディドリクは母と面会していた。

呪いの効果が広範囲に広げられているなら、まだ母の胎内にいる子も既に影響下に置かれているかもしれない。

まだ対策が決まったわけではないが、祝福術は効果があるかもしれない、と思い、できる範囲で手を打っておこう、と考えたのだ。

祝福術については、古典古代の霊言文字による解析の途上で読み解いていった。

魔術による「治癒術」とは違う、別種の蘇生法。

もちろん、死んでしまった者に対しては効果がないが、心身にダメージを受けたものに対してはかなりの効果が見込めるらしい。

治癒術が物理的な障害、あるいは病気などに有効性が高いのに対して、祝福術は人為的、意図的な障害に強い。

そしてそれは、予防にも効果が見込めるのだ。


母の寝室へ向かい、入室の許可を得て入ると、母はまだ眠ってはおらず、寝台に横たわっていた。

既にもう腹部は丸みを帯びて膨らんでいる。

「母上、ぼくの弟か妹にあいさつさせてください」と切り出す。

「あなたの弟を祝福してちょうだい」と言う母の言葉「祝福」に、少しドキッとするが、単なる偶然だろう。

「妹かもしれないじゃないですか」と言いつつ、腹に優しく触れる。

「弟よ」と断定する母マレーネ。

聞き流しながら、ディドリクは、呪いに見つけられたとしてもそれを跳ね返せるように、と渾身の想いをこめて祝福する。

どうか、どうか、健康な姿で生まれてきて、と祈りにも似た祝福を授ける。


その夜は、母が睡魔に囚われるまで、その寝室にいて祝福を与え続けていた。



模擬試合、第四戦目。

この日、既に黒星がついている者同士が先に試合を行い、連勝者同士の対決は最後に行われた。

ディドリクの相手はブロム。そしてインクマールはカスパールと。

「やっとお手あわせしていただけますね」とブロムは嬉しそうである。

「授業ですからね、でもあなたの方が相当強いですよ」という気持ちは変わらなかったディドリク。

今は祝福術や、兄弟たちにかけられた可能性が高い「呪い」についての方が、大きく頭の中を占めていた。

ただし、失礼があってはいけない。

同じ学院に学ぶ者として、全力を尽くそうと、思い直す。


開始線の外側に立ち、向き合う二人。

ブロムは木剣、ディドリクは円盾、いつも通りだ。

正直なところ、ブロムのあのスピードは防げない。

対抗策として、力場の結界を張ってみようか、とも考えたが、全身の四方に張るのは体力的、魔力的に無理。

それにたとえできたとしたも、あの速度を持つブロムだ、すぐに移動して弱い箇所を攻めるだろう。

かといって、緒戦でドッドノンにやったような奇襲技はもう通じないだろう。

水や炎、氷や風刃などは、十分な威力たりえるだろうけど、せいぜい出せるくらいで、それをぶつける前に切り伏せられてしまうだろう。

カスパールのような幻術はまだ勉強中なので、実戦で使えるほどのものにはなっていない。

やはり、雷撃か、と考えその線で行くことに決めた。

とはいっても、緒戦で誰よりも早く電撃を見破ったブロムである。やり方を変えなくては。

補助員の先生が「はじめ」と合図を送った。


まるで自身を弾丸のようにして、目で追いきれない速さで突っ込んでくるブロム。

だがその足が、ディドリクの直前でピタリと止まった。

円盾で身を隠すようにして蹲っているディドリク、その目前2メートルほどででブロムが停止して、あらためて身構える。

(やっぱりひっかからなかったか)と思うディドリクも、蹲ったまま姿勢を変えない。

ブロムの足元で、バチッと何かの火花のようなものが見えた。

ブロムの進路上に、石畳を帯電させていたのだ。

もちろん金属ではないため、石全体に帯電させることなどディドリクの体力ではまだ不可能だったが、一点にのみ絞ってしかけることは可能。

そこを通れば、その場所を起点として、放電する予定だったのだか。

今いる位置からの空中放電も、できなくはないが、ブロムのように素早く動く相手には、たぶん当てられない。

そこで罠を仕掛けたのだが、やはり見破られてしまった。


すり足のようにして足を動かし、ゆっくりと別の場所へと移動するブロム。

罠が一点のみであることを確認して、再度攻撃姿勢をとる。

だが先ほども、開始早々に仕掛けられたので、次に攻撃するときもすぐに罠は仕掛けられるだろう。

そこでブロムはその発現のスキを突こうと考えた。

一方ディドリクはこの罠がもう通じないことを確認して、大技、空中放電にかけてみることにした。

距離が遠いほど威力は下がる。

近づけて、できるだけ近づけて、放つ。


ブロムはすり足で、ディドリクの炎盾を構えた右手側に移動する。

その間ディドリクが動かなかったため、盾の横、脇腹を狙える位置にくる。

罠が貼られた気配はない...ブロムは意を決して一足で飛び込むように木剣を打ち下ろす。

その瞬間、二人のカラダが発光した。


円盾が宙に舞い、乾いた音をして落下。

補助員の先生が「勝者、ブロム」を宣告する。

確かに木剣がディドリクの肩口をとらえてはいたが、同時にブロムの木剣を持っていた利き腕の右手からも、ブスブスと黒い煙が出ていた。

ブロムが切り込んだ瞬間に木剣めがけての放電。しかしその痛みが腕を支配する前に、ディドリクを円盾ごと切り伏せたのだ。

一瞬肩を切り離されてしまったか、と思うくらいの痛みだったが、しっかりとつながっている。

痛みに顔をしかめていると、ブロムが左手を差し出してきた。


「思った通りだ、キミはすごい」

「何を言ってるんですか、勝負になりませんでしたよ」

どちらも右手と右肩を痛めてしまったので、左手で握手するようにして立ち上がった。

「一年の時の授業で、魔術ではない、古式文法とやらの力で発電しているのを見て、ただものではない、と思ったのだ」

「でも僕は、剣術とかは素人ですし、この教練で学んでいること以上のものはできませんよ」

するとブロムは少し表情を崩して

「過剰な謙遜は、むしろイヤミになるぞ。以後、また相手をしてほしい」

「二度とごめんです」とディドリクは即答して、ニッと笑った。


もう一方の準決勝は、イングマールがカスパールに勝利。

カスパールは前日の幻術は使わず、正面からの切りあいで挑んだが、敗れた。

しかしそれを見てディドリクは、カスパールが剣技においても秀でた人であることを知る。

二日後の決勝戦は、ブロムとイングマールに決まった。



その日の放課後、図書室より古式文典を借り出したディドリクは、帰宅後、精読する。

文典というのは、古典古代のさまざまな文を文法項目に従って並べ直したもので、体裁としては文法であるが、実質は文例集。

王室の文書部にもかなりの数の文例、つまり神言、呪言、格言などはあったが、体形としてまとめられていなかった。

従って半数以上は知った文例だったが、それらが有機的に配置されているのを見て、法術の練り直しに有効となる。

そしてその中から、呪いと祝福について、組み立て直していく過程で、ある種の光明が見えてくるのだった。


次の日、つまり模擬試合決勝の前日、ディドリクはブラントを通して、異母兄ガイゼルへの面会を申請した。

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